要約
デジタル庁が公開している市町村別の地域幸福度(Well-Being)指標について解説します。まず地域幸福度とはどのようなものかを紹介し、実際の事例を見ながら幸福度指標をどのように活用していくかについても解説します。ランキングが目的ではないことに注意が必要です。
本文:地域幸福度とは?
2024年の世界幸福度ランキングで日本は51位となり、昨年の47位から後退しました。東欧の国の幸福度が上昇し、特に30歳未満(リトアニアがトップ)では上昇度合いが大きくなっています。
BBC: 世界幸福度ランキング、西側諸国で若者が「不幸せ」に
これは生活満足度を0~10点の11段階で採点し、直近3年の平均値でランク付けするものです。全体では日本は51位で、30歳未満だとは73位、60歳以上だとは36位でした。つまり、若者ほど幸福度ランクが低くなっており、日本は若者に厳しい国のようです。
また、私たち日本人はより健康になり、より安全な社会に暮らし、より経済的に豊かになっているのに、暮らしはより悪い方向に向かっていると感じています。本ブログの過去記事においてもこれは大きなパラドックスであると書いています。
肉体的なリスクは下がってきていますが、社会の格差が広がっていること、未婚化が進んでいること、雇用が不安定化して将来にわたる不安があることなどが幸福のマイナス要因として考えられます。
政府(内閣府)はこれまでも「満足度・生活の質に関する調査」として人々の満足度(Well-being)の調査を継続しています。
さらに最近になり、デジタル庁が地域幸福度というものを市町村ごとにまとめて公開するようになりました。今回はこの新しい取り組みである地域幸福度とはどのようなものかを取り上げたいと思います。
デジタル庁:地域幸福度(Well-Being)指標
まず地域幸福度とはどのようなものかを紹介し、次に私の住む牛久市、職場があるつくば市の事例を見てみます。最後にこのような指標をどのように活用していくかについても解説します。
地域幸福度とは
地域幸福度とは何か?については以下の活用ガイドブックを見るのが一番よさそうです。ただし、結構ボリュームがあるのでさらに簡単にまとめてみましょう
デジタル庁:地域幸福度(Well-Being)指標利活用ガイドブック
https://well-being.digital.go.jp/downloads/guidebook/Well-Being_guidebook_full_21June.pdf
まずここでいう幸福(=Well-Being)とは「身体的・精神的・社会的に良好な状態にあること」を指しています(p8)。これは世界保健機関(WHO)の憲章による健康の定義とほぼ同じです。
また、Well-Beingの決定要因として「個人または集団の健康状態に違いをもたらす経済的、社会的状況のこと」となっており、単なる個人的な考え方だけではなく、社会・経済的環境が重要と考えます。こちらはOECDの幸福度と似た考え方です。OECDの幸福度についての詳細は以下の記事を参照してください。
OECDが測定する幸福度は、主観的幸福度と能力アプローチ(健康、教育、所得などの自分の人生の機会を拡大する因子)、公正な配分という3つのアプローチからなる11の側面で評価するものです。指標としては平均寿命、大気汚染、殺人率など、リスクの指標と重なるものもあります。
指標を見ていくと、国の平均だけではなく格差・不平等についての指標がたくさんあることがわかります。それだけ幸福には格差の解消が重要だと考えられているわけですね。
地域幸福度を測定する目的は以下の6点あり、ランキングが目的ではなくEBPMへの活用が重要かと思われます。政策は最終的には人々の幸福度の向上が目的ですから、幸福度をモニタリングしながら幸福度向上に効果の高い政策を実行することが求められます。
幸福度については「現在、あなたはどの程度幸せですか?」などの質問の回答から決めます(0~10の11段階、p14)。2024年度の全国アンケート調査は684自治体、有効回答数101498でした(p17)。
さらに、幸福感を構成する因子(生活環境や人間関係、自分らしい生き方を24のカテゴリに分類)を複数定めて、アンケート調査から主観的なスコアを決め、さらにオープンデータから客観的なスコアを決めます(p12, p15)。最終的にスコアは偏差値化されます(平均値が50)。
レーダーチャートや幸福度の実例
説明が長くなりましたが、データを実際に見てみましょう。私の住む牛久市とそのとなりのつくば市(職場がある)の事例を見てみます。「ダッシュボードを見る」から自治体を選択するとカテゴリ別のレーダーチャートや11段階の幸福度の数値が出てきます。
牛久市のレーダーチャートは以下です。偏差値60超えの高い評価項目を探すと、主観データで高い項目は住宅環境(61.1)や自己効力感(64.7)で、客観データで高い項目はありませんでした(もっとも高いのは住宅環境の56.2)。また、幸福度の平均は6.8でした。
続いてつくば市のレーダーチャートは以下です。同様に偏差値60超えの高い評価項目を探すと、主観データで高い項目はデジタル生活(62.0)、環境共生(65.4)や教育機会の豊かさ(65.2)、事業創造(63.0)で、客観データで高い項目はデジタル生活(64.4)や自己効力感(60.0)、事業創造(62.7)でした。また、幸福度の平均は6.6でした。
つくば市は客観データの項目が高いですね。それぞれいくつかの指標を統合して指標化していますが、例えばデジタル生活は自治体DX指数など3指数、自己効力感は選挙の投票率、事業創造は新規設立法人の割合など4指数から計算されています。
カテゴリ別ではつくば市のほうが全体的に高い結果でしたが、逆に牛久市のほうが幸福度平均は高くなりました。ガイドブックのトップページに自治体間を比較するな、と書かれていますが、近隣自治体との比較が活用事例として出てくる(p50)ので、ここは矛盾しているなと思います。
自治体間を比較する際に重要なのは、回答者の属性が似ていることを確認することです。年齢構成や男女比が異なると集団として異なるものを比較することになってしまいます。
牛久市は回答数102で、50代が一番多く、男性が6割程度でした。一方でつくば市は回答数401で、50代が一番多く、男性が6割程度でした。すなわち、年齢構成や男女比は割と似ていると思われます。
男女別、年代別で絞り込んでデータを見ることもできます。ここでは男女別に見てみましょう:
牛久市の幸福度は男性6.9、女性6.7
つくば市の幸福度は男性6.3、女性7.0
ということで、男女差が牛久市とつくば市では逆の傾向になりました。
こんな感じでデータを見るだけでも結構楽しいのですが、ではこのようなデータをどうやって活用するのでしょうか?以下に続きます。
地域幸福度をどのように活用するのか?
活用手順は以下の6つのプロセスを回すやり方が示されています(p39):
1.俯瞰:市民の幸福感を高める因子について俯瞰する(ダッシュボードの活用)
2.因子の探索:市民の幸福感を高める因子を探し出す(対話による)
3.シナリオの可視化:市民の幸福感向上をシナリオとして可視化する(ペルソナ分析)
4.ディスカッション:市民の幸福感の高め方を話し合う
5.施策の決定:市民の幸福感を高める施策を決定する(因子を活用した数値目標を設定)
6.モニタリング:目標値に関する達成度を把握し、改善する
1について、24のカテゴリで何が強くて何が弱いか?を分析したり、主観-客観のギャップを分析したりします(p44)。また、近隣や特徴の似ている自治体と比較したりもします(p50)。
強い項目はすでに挙げたとおりですが、弱い項目も見てみましょう。牛久市では偏差値45以下の低い評価項目を探すと、主観データで低い項目はなく、客観データで低い項目は初等・中等教育(40.3)、デジタル生活(44.6)、自然景観(41.6)でした。
一方つくば市で偏差値45以下の低い評価項目を探すと、主観データで低い項目は移動・交通(42.9)で、客観データで低い項目は公共空間(44.6)、自然景観(41.6)でした。
次に主観-客観のギャップも見てみます。牛久市もつくば市も主観のほうが全体的に高くなっています。牛久市で主観の偏差値が客観よりも10以上高くなっている項目は、初等・中等教育(+18.9)、自然災害(+10.7)、自己効力感(+17.9)で、その逆の項目(客観の偏差値が主観よりも10以上高い)はありませんでした。
また、つくば市で主観の偏差値が客観よりも10以上高くなっている項目は、公共空間(+10.3)、自然景観(+18.2)、教育機会の豊かさ(+17.8)で、その逆の項目(客観の偏差値が主観よりも10以上高い)はありませんでした。
2~4はマーケティングの手法が応用されています。対話・ディスカッションで幸福感を高めるにはどうすればよいかを話し合ったり、ペルソナ分析(具体的な人物を想定して幸福度向上のシナリオを作る)をしたりします。
5~6では項目ごとに数値目標をたてて、施策の実行後に達成できたかどうかを評価し、その評価をもとに次の改善策を考えます。これはEBPM(エビデンスに基づく政策立案)のプロセスとしても優れていますね。
このように地域幸福度はその活用方法もうまく考えられており、単にランク付けにとどまらない活用が期待できそうです。
まとめ:地域幸福度とは?
デジタル庁が公開している市町村別の地域幸福度(Well-Being)指標について解説しました。幸福度は11段階で回答し、幸福度につながる因子を24のカテゴリに分類してそれぞれ主観と客観で評価します。強いところや弱いところを調べたり、主観と客観のギャップを調べたり、近隣の自治体と比べたりして分析します。その分析結果や対話・ディスカッションにより幸福度を高める施策を考え、数値目標をたてて施策の実行後に評価を行うというプロセスを繰り返して活用します。
コメント