要約
SDGsやCSR、ESG投資対応で「生物多様性」に取り組まねばならないけど何をしたらよいのかわからない、という悩みに対しての3つの戦略を示します。いずれも本業と密接に関わり企業価値を向上させるような取り組みをするべきであるとまとめられます。
本文:企業による生物多様性の取り組み
社長、世の中はSDGsに始まり、CSRやらESG投資やらでわが社も「生物多様性」とやらに取り組まねばならないようです。
あんまり興味ないね。とりあえず何か適当にやってるフリだけしとけ!予算は出さないからな!
で、ですが社長、もはやそういう時代ではないようです。「生物多様性」なるものに取り組まねば生き残れないと言っている人もいます。
じゃあいったい何をするつもりなの?
それがなかなか難しくて何をしたらよいのかさっぱりなのです。。。
企業が環境へ配慮すると言えば、環境報告書を公表して「電気をこまめに消してCO2削減しました」的な話が以前からたくさんありました。企業も電気代が削減できておトクとなり、あまり難しく考える必要もありませんでした。
だんだんそれが環境に限らずCSR(企業の社会的責任)に発展し、SDGs(持続可能な発展目標)などが出てきて企業が取り組むべきことが複雑になり、さらに企業に投資をする側も環境や社会に配慮する企業に投資するべきというESG(環境・社会・企業統治)投資の機運が高まってきています。
このようにSDGs、CSR、ESGというのは環境に限った話ではありませんが、やはり環境への配慮が特に注目されています。環境の中でも生物多様性は徐々に重要性を増してきています。
そこで各企業は生物多様性っていったい何をすればよいのか頭を抱えてしまう状況となりました。何かやらなければいけない、でも何をやったらよいかわからない、というわけです。以前に本ブログで書きましたが、日本企業はお上(政府)が規制を作ってくれないと(もしくは業界横並びでないと)なかなか独自に動くことが難しい風土を持っています。
先の記事でも、リスクマネジメントの観点からコンプライアンスとは法令遵守だけではなく社会的要請に応えることだと書きました。生物多様性についても基本的には社会的要請に応えることを原則に考える必要があります。そこで本記事では、具体的に生物多様性の取り組みで何をすればよいのかの判断材料を紹介します。
ここでは大きく分けて(1)企業のイメージアップで考える、(2)リスクマネジメントで考える、(3)データで攻める、という3つの戦略に分けてまとめていきます。
企業のイメージアップで考える
生物多様性への取り組み事例の多くは企業のイメージアップ戦略としてのものが多いと思います。これは最近に限らず昔から行われてきました。
ただし、そもそも本当に生物多様性で企業のイメージアップができるかどうかは疑問があります。世間一般の生物多様性の機運はハッキリ言って高くありません。本ブログでおなじみのGoogle Trendsでの「生物多様性」の検索数の推移を見ていきましょう。
(グラフが表示されない場合は以下のリンクをクリックしてください ↓ )
https://nagaitakashi.net/blog/wp-content/uploads/2021/10/de5b255b208e5cc96905e3d3593cf46c.jpg
2010年の名古屋会議(生物多様性条約第10回締約国会議、通称COP10)のあたりをピークとして世間の関心はダダ下がりの状況です。一応、2018年あたりを底としてその後は若干ながら増加傾向にはあります。
冒頭の社長のような反応は意識が低いというよりはごく普通のものでしょう。そこで、やってるフリをする、という取り組み(?)が当然ながら出てきます。いわゆる「気分のエコ」とか最近では「グリーンウォッシュ」と呼ばれていますね。
ひどいものはシンボルカラーを緑に変えただけというものから、もっと巧妙なものとしては「問題となっている化学物質〇〇は使ってません(でも同じような物質の△△に代えただけです)」のようなものまであります。グリホサートやらプラスチックやら世間で叩かれているものはグリーンウォッシュによく利用されてしまいます。
もしくは、近所の小学校に出向いて環境教育しました、などの本業に直接結び付かない小手先のものは企業のイメージアップと企業の価値向上が一体化せず、モチベーションも上がらず経営陣の反応も鈍いままでしょう。
ではいったいどうすればよいのか?
逆に本業と密接に関わる方向で考えればよいのですね。環境とは違いますがヤマザキパンの事例を見てみましょう。
ハフポスト:山崎製パンに「リアルアンパンマン企業」と称賛の声。災害時になぜ迅速な支援ができるのか?
被災地にいち早くパンを届ける取り組みが紹介されています。ヤマザキパンは当然パンを作ることが本業ですから、「どんな非常事態でもパンを作って届ける」こと自体が大きな社会貢献になり、かつ利益を生むのですね。これが本当の意味で「社会的要請へ応える」ことではないでしょうか。YouTubeが反ワクチン動画を削除しているなどの取り組みも同様です。このように企業のイメージアップと企業の価値向上が結び付く取り組みなら社長も身を乗り出してくるでしょう。
次に生物多様性保全の例として、YAHOO(Zホールディングス)の取り組みを見てみます。
Zホールディングス:自然資本の保全
ここでは
(1)サンゴの保全
(2)国立公園や世界自然遺産のカーボン・オフセット支援
(3)ビオトープ整備
(4)ヤフーのeコマースサービスにおいて全象牙製品の取引を禁止
という4つの取り組みが紹介されています。最初3つはよくありがちな企業のイメージアップとして行われるもので、悪い言い方になりますが本業とどう結び付くのかがわかりません。しかし最後の象牙の取引禁止は、本業と生物多様性保全が結び付いたものでよい方向性だと思います。悪徳業者が追放されればユーザーは安心して使えます。
社会的要請はどんどん変わりゆくものです。生態リスクの許容レベル(保全目標)も時とともに移ろいでいきます。これらの動向に敏感になり、現状の社会的要請を常に把握していくことが重要になりますね。
リスクマネジメントで考える
現時点としてはこの戦略でいくのが最もやりやすいのではないかと思います。自社にどんなリスクがあるのか?というところを出発点に考えればよいわけですね。リスクを評価した結果として生物多様性が絡む大きなリスクがないのであれば、無理して小手先の生物多様性保全に取り組む必要もないでしょう。
一方で、小売りや食品メーカーなど食品を扱う企業は、そのサプライチェーンの上流に農業がありますので生物多様性保全との相性がよいです。ここでは2つの例を挙げてみます。
まずは、森永製菓の例からいきます。森永製菓の生物多様性保全の取り組みは以下のサイトに掲載されており、以下の4つの取り組みが書かれています。
(1)持続可能なパーム油のための円卓会議への加盟
(2)FSCR認証紙(適切な管理をされた森林から作られた紙)の使用
(3)サステナブルカカオ豆(ココアホライズン認証原料)を使用開始
(4)子供の自然体験
森永と言えばチョコレートですから本業と関係が深いのは3番目ですね(4番目とかは典型的な。。。)。「ココアホライズン認証カカオ」を使用することにより、カカオ農家の繁栄、森林伐採及びCO2排出量の削減、児童労働の撲滅に貢献できるとの説明があります。これらは単なる社会貢献ではなく、現地の生産を安定化させることによって、原料調達のリスクマネジメントになっていることがポイントです。
次にイオンの例を見てみましょう。実のところ、イオンのESG投資の生物多様性に関するページにはあまり大したことが書かれていません。マレーシアで植林してますなんていうのは本業との関係も見えませんし典型的な。。。という感じがします。
ただ、別の資料である「イオンサステナビリティデータブック2020」を見ると、イオンの場合はフードチェーンの上流である農場においてGAP(Good Agriculture Practice)を強力に推進していることがわかります。プライベートブランドの原料となる農作物はGAP100%を目指すと書かれており(2019年ですでに99%!)、つまりはGAP認証を取得していない農家とは取引しないということになります。ちなみに欧州の大手スーパーではこれが当たり前になっています。
GAPは食品安全、環境保全、労働安全を目標として農場が取り組むリスクマネジメントです。いろんなGAPがあるのでその中身は様々ですが、農薬や肥料の適正な使用や管理によって生物多様性保全につながります。
これも単なる社会貢献ではなく、安全性に問題のある食品の調達を防ぐことができ、またGAPに取り組むことにより産地の全体的な管理レベルが向上するため、契約栽培により計画通りに納品がされる確率が高くなるなどのリスクマネジメントになっています。
ESG投資で投資家にアピールするならこういうところが重要ではないでしょうか?本業と関係のないところで多額のコストをつぎ込んで生物多様性保全をしても、それで財務体質が悪くなり本業に影響が出るならばだれもそんな会社に投資しないでしょう。
データで攻める
最後はデータで攻める戦略です。研究者としてはこれが一番ワクワクしますが、みんなができるかと言われれば「現時点では(補足参照)」難しい気がします。
デベロッパー企業の三菱地所の例を見てみます。丸の内のあたりが主要エリアになっています。不動産&開発の業界も生物多様性保全とは相性がよいですね。都心では緑が貴重なので緑地化を進めると建物に付加価値が付きます。
書かれている取り組みをまとめると、以下のように盛りだくさんにです。質も量も突出しているように思います。
(1)世界遺産やIUCN(国際自然保護連合)が定める保護区域では開発をしない
(2)生物多様性に影響を与えるような土地で開発を行う際は、行政やNGOなどの外部パートナーと協議し、適切な軽減策や修復活動を行う
(3)ABINC認証(一般社団法人企業と生物多様性イニシアティブが開発した認証)の取得推奨
(4)生物多様性保全に配慮した植栽計画を取り組みとして「BIO NET INITIATIVE」の実施
(5)皇居外苑濠における水辺環境の改善と皇居外苑濠由来の希少な水草の復元・保全
(6)丸の内地区の生物モニタリング
(7)宮古島に飛来する絶滅危惧種の渡り鳥サシバ(タカ科)の保全
(8)三菱地所グループが運営するサンシャイン水族館のサンゴ保全活動
(9)MARK IS みなとみらいに約1000m2の屋上庭園「みんなの庭」を設置
特にスゴいのは6番目の生物モニタリングです。以下に資料が置かれていますが、圧巻のデータ量です。しかも写真や資料のデザインがきれいで、説明もわかりやすいです。生きものに興味を持ってもらい、ここで住んだり働いたりしたいなという気持ちにもつながるでしょう(本業に関わる部分)。しかも10年以上の長期にわたって生物調査を続けています。プロの研究者でもなかなかここまでできないだろうと思います。
丸の内生きものハンドブック 丸の内周辺に棲む生きものたち
あとは多様度を得点化して経年変化や場所による違いを示すとよいでしょうね(研究者目線)。いろいろな取り組みをしているのでその効果なども示せると思います。
まとめ:企業による生物多様性の取り組み
SDGsやCSR、ESG投資対応で「生物多様性」に取り組まねばならないけど何をしたらよいのかわからない、という悩みに対しての3つの戦略を示しました。(1)企業のイメージアップで考える、(2)リスクマネジメントで考える、(3)データで攻めるという3つの戦略毎に事例を示し、いずれも本業と密接に関わり企業価値を向上させるような取り組みをするべきであるとまとめられます。
補足
三菱地所の生物調査データを見てしまうと「ウチにはこんなのゼッタイ無理!」と絶望的になるかもしれません。ただ、水の生きものに限って言えば近い将来もっと簡単にできるようになるでしょう。
環境DNAメタバーコーディング法と呼ばれる手法が近年かなり実用的になってきています。水中に漂う生物由来のDNAを分析して、そこにどんな生きものがいるのかを網羅的に調べる方法です。以下のサイトにもありますが、水を汲んでサンプルを分析会社に送付すれば3-4万円程度の値段で生物種のリストがどさっと出てきます。その大量のデータをどう解釈するかは専門家の手引きが必要になりますが。
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