要約
GoToトラベルをめぐるリスク・リターン関係を整理してみました。stayhomeする人はローリスク・ローリターンで、gotoする人はハイリスク・ハイリターンです。ここだけ見るとハイリスクならハイリターンであるべきという規範が成り立っているようにも見えます。ただし、ここに医療従事者を含めたり、感染拡大が進んだ状況になると位置づけが変わってきます。
本文:GoToトラベルをめぐるリスク・リターン関係
2020年11月からコロナ感染が再拡大しています。その原因としてGoToキャンペーンがやり玉に挙げられているところです。
Go To Eatに関しては、会食が感染拡大の大きな原因になっています。特に、以前の記事に書いたように、グループ内感染対策を骨抜きにしてしまったことが問題でした。
GoToトラベルに関しても様々な議論が出てきています。旅行に行くだけで感染は拡大しないというのはある意味正しいのですが、旅行先では会食したりお酒を飲んだりしやすいので、やはり感染の機会は増えてしまいます。夏の沖縄や11月からの北海道における感染拡大はGoToトラベルと無関係とはとても言えないでしょう。
ところで、GoToトラベルキャンペーンに対する批判を見ていると、そういうこととは違う意見を多く目にします。旅行に行く時間やお金がない人はキャンペーンを使えないので損をしている、みんなガマンしているの旅行に行って感染して病院に負担をかけている、などです。つまり、時間も金もある高齢者が税金を使ってgotoしてコロナに感染して重症化して医療を圧迫している、という政策批判というよりもgotoする人批判になっています。
マスク警察や自粛警察のような活動がこういう方向にも向き出しているのかなと感じます。このような不満感は社会の分断の原因になります。ここ最近ブログに書いてきたように不満感や格差は幸福度を下げる要因となります。
ただし、gotoすべきかstayhomeするべきかをリスクとリターンの関係から見ると、わりと公正な制度のように見えてきます。本記事では、GoToトラベルをめぐるリスク・リターン関係を書いていきます。
ハイリスクハイリターンという規範
ハイリスク・ハイリターンという考え方は投資の世界のもので、健康リスクを考える場面ではあまりなじみがありません。
資産が100あったときに、Aに投資すると1年後に確実に105になった場合、リターンは5%(リスクはゼロ)です。同様にBに投資した場合、1年後に50%の確率で130になり、50%の確率で90になった場合、期待リターンは10%とAの倍になりますが、50%の確率で損失が出ます。また、Bのほうは1度の投資であれば50%の確率で損失が出るギャンブルですが、たくさん数をこなすことで期待リターンに近づくため、損失の出る可能性も低くなります。n数が大きくなれば投資Bのリターンの標準偏差は20になり、一般的にはこの20%(資産100に対して標準編差20)がリスクの大きさの指標となります。
この場合、20%というリスクを引き受けることで5%追加のリターンを得ることができます。この5%はリスクプレミアムなどと呼ばれています。
最もリスクもリターンも低い銀行預金から、国債、株式となるにつれて、リスクもリターンも高くなる傾向があり、ハイリスク・ハイリターンの関係が成り立っています。
どんな投資をするかは個人の自由ですから、自分のリスク許容度(安全目標)に応じてどのくらいのリスク・リターンを目指せばよいかを自分で決められます。このように、リスクとリターンは比例のような関係にあって、どこを目指すかを自分で決められる、というのがハイリスク・ハイリターン規範ということになるでしょう。これは常に成り立つ原理というよりは、そうであるべきという規範と考えたほうがよさそうです。
このような規範が成り立っていてもなお不満を持つ人もいます。最近コロナ禍においても株高が続いており、一部のお金持ちだけが得をしているなどの不満を持つ人の声が高くなっています。リスクとリターンは誰が投資しても同じという公正なものですが、元手が大きいほどよりリターンの金額が大きくなり格差が大きくなるからですね。雪だるまは最初から大きいほうがどんどん大きくできます。
GoToとStayHomeのリスク・リターン関係
stayhomeする人とgotoする人の違いを上記のようなリスクとリターンの関係性から見てみましょう。ただ、ここでいうリスクとはコロナ感染確率のことであり、リターンはGoToキャンペーンによって得られるお得感だとします。また、リスクやリターンの大小はあくまで概念的なものです。
stayhomeする人は感染確率は低いですが、リターンも得られません。一方でgotoする人は感染確率は高くなりますがリターンが得られます。どこにどれくらい行くかでリスクとリターンを調整することもできます。
このようにみるとハイリスク・ハイリターン規範が成り立っていると考えることもできます。ただし、これはstayhomeする人とgotoする人だけを比べた場合です。感染した人は病院に行き医療資源のお世話になります。医療従事者を上記の図に加えるとどうなるでしょうか。GoToキャンペーンによって感染が増えると、医療従事者の負担は増して医療現場の感染リスクも増加させますが、彼らのリターンは特に増えません。
このように、ステークホルダーを広げていくと規範が成り立たなくなっていきます。さらに、感染拡大が進んで医療資源がひっ迫した場合はどうなるでしょう。コロナ患者の受け入れ病院は対コロナに集約せざるを得ず、新規患者や救急の受け入れを停止し、手術なども延期になります。これは今現在すでに起こっています。そうなると、別の病気での病院へのアクセスが閉ざされ、それによるリスクが高まります。つまり、stayhomeしていても別の病気になった場合のリスクが高まるわけです。このような影響まで含めるとするとリスク・リターン関係が以下のように変化してしまいます。
どうやってリスク・リターン関係を改善するのか
「正しい行動」がどこかにあって、全員がそれに従わなければいけない、と考えている人が多いように思います。こういう「正しい行動」が何かを示せ、という過大な期待が科学に向けられているとも感じます。ただし、行動の規範(このように行動しなければいけない)ではなくルールの規範(ハイリスクならハイリターンであるべき)のほうが重要でしょう。
stayhomeかgotoかという選択においては、自分のリスク許容度を決め、これ以上ならハイリスクすぎるのでダメ、これ以下ならOKというように判断をしていくことが個々人に求められます。
この選択については正解はありません。stayhomeによって感染拡大防止に貢献する人、gotoして地域の経済を守ることに貢献する人と、お互いの選択を認め合うことも必要になります。
ただし、医療従事者の置かれている状況は早急に改善する必要があることがわかります。ローリスクの方向か、ハイリターンの方向かのどちらかに動かす必要があります。
(2020年12月8日追記)以下のCNNの記事によると、アメリカではコロナ病棟で働く看護師争奪戦になっており、給料が跳ね上がって週に8000ドル(月給で300万円以上!、週10000ドルのところもあるとのこと!)になっているとのことです。ハイリスク・ハイリターンとはまさにこのことですね。
さらに、医療資源がひっ迫するとstayhomeの人までリスクが高まるため、その状態になってしまってはもう全く規範が成り立たなくなってしまうため、GoToは一時止めるべきということになるでしょう。
まとめ:GoToトラベルをめぐるリスク・リターン関係
GoToトラベルをめぐるリスク・リターン関係を整理してみました。ハイリスク・ハイリターンとは、事実というよりも「ハイリスクならハイリターンであるべき」という規範のようなものです。stayhomeする人は感染確率は低いですが、リターンも得られません(ローリスク・ローリターン)。一方でgotoする人は感染確率は高くなりますがリターンが得られます(ハイリスク・ハイリターン)。ここだけ見るとハイリスク・ハイリターンの規範が成り立っているようにも見えますが、医療従事者はハイリスク・ローリターンの状態になっており、さらに感染拡大が進むとstayhomeの人たちまでハイリスク・ローリターンになってしまいます。
補足
冒頭の写真は私が高校時代を過ごした北海道の小樽市にある小樽運河です。観光客が多いところなので、GoToトラベルなしではかなり大変な状況のようです。
ところで、厚生労働省のコロナ対策アドバイザリーボードに、GoToトラベルと感染増は関係ないことを意図する謎の解析結果が出されて、ちょっとした話題になっています。
第14回新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード(11月19日)資料3(参考資料)
東京発の航空旅客数が北海道・沖縄県・福岡県の感染者数に与える影響について、統計的観点から検証したところ、いずれについてもグレンジャー因果性は確認できなかった。(期間は7月15日~11月15日。航空便は、羽田発・新千歳着、羽田発・那覇着、羽田発・福岡着)
https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000696903.pdf
ウイルスは自己増殖するものなので、旅客数と感染者数の時系列の相関がなくても関係ないとは言い切れないですね。
これは、通常の資料ではなく参考資料という扱いがポイントで、委員の方も誰も知らない資料が突然出てきたとのことで、委員からの反発もかなりあったとのことです。西浦氏による解説記事が以下に出ています。
YAHOOニュース:「GoToトラベル」と感染拡大の因果関係について考える
この参考資料は、以下に記すようにアドバイザリーボード会議では明示的に出すべきでないという議論があったものである。会議資料として公開されたのは事実であるが、まるでこの資料をアドバイザリーボードが認めたと捉えられることは同組織の信頼あるいは科学的な分析能力を毀損しかねないものであると認識している。
https://news.yahoo.co.jp/articles/72fde266566720b6a28084bfe673b3332c5b3a09
このようにかなりの言われようです。GoToキャンペーンを守りたい意図が丸見えなところがまずかったのでしょうね。
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