リスクマネジメントとしてのTNFD その2:TNFD対応とはどのようなものか?

TNFD2 リスクマネジメント

要約

TNFDについて解説する2回目の記事として、TNFD対応とはどのようなものかをまとめます。まず、TNFDに取り組むガイダンスであるTNFD提言を紹介し、実際の開示例として世界に先駆けて取り組んだキリンの環境報告書を紹介します。

本文:TNFD対応とはどのようなものか?

TNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures、自然関連財務情報開示タスクフォースについて解説する記事の2回目です。1回目はTNFDとネイチャーポジティブの関係などについて解説しました。

リスクマネジメントとしてのTNFD その1:TNFDとネイチャーポジティブ
生物多様性関連で最近よく聞くキーワードである「TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)」と「ネイチャーポジティブ」について解説します。TNFDはリスクマネジメントの一部であり、自然環境が自社のビジネスにどう影響するか?というリスクの開示を目指しています。

TNFDは生物多様性を回復軌道に乗せる「ネイチャーポジティブ」を達成するための手段の一つです。TNFDは投資家が投資先の経営状態を判断するための情報開示の一つとして、自然環境が自社のビジネスにどう影響するか?というリスクの開示を目指しています。

生物多様性保全をリスクマネジメントとして位置づけた取り組み内容を開示することで、マネジメントがしっかりできている企業であることをアピールし、投資資金を呼び込む、という流れ(ネイチャーポジティブ経営)に持っていくことがゴールになります。

日本はこの流れに遅れているのか?というと、実はそうでもありません。TNFDに取り組む意向を示した企業・団体を表す「TNFD Adopters」は2024年6月時点において世界で400社を超えていますが、なんどそのうち日本企業が125社で世界でもトップとなっています(2位のイギリスが63社)。

TNFD Adopters

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本記事では、TNFD対応とはどのようなものかをまとめます。まず、TNFDに取り組むガイダンスであるTNFD提言を紹介し、実際の開示例として世界に先駆けて取り組んだキリンの環境報告書を紹介します。

TNFD提言のフレームワークの概要

社長!先週の続きをお願いします!

ヨシ、まずはTNFDの提言からじゃ。これはTNFDに対応するための基本的なフレームワークなのじゃ。退屈じゃろうが、基本を理解しないと具体例も理解できんぞ!

TNFD提言は以下のサイトからダウンロードできます。これだけでもかなりのボリュームですが、さらに細かいことが書かれたガイダンス文章(未読)も同時に公開されています。

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とりあえずこの提言にしたがって情報開示をすることになります。ただし、この提言だけを読み込んでいってもなんだかよくわかりませんし、何より退屈です。以下のページに日本語で概要をまとめたサイトがありますので、これを読んでおけばとりあえずは大丈夫かと思われます。

PwC Japan: TNFDフレームワークの概要と企業に求められることを解説

TNFD 最終提言v1.0を公開 ――TNFDフレームワークの概要と企業に求められることを解説
TNFDの基本的な概要から、今回のフレームワークv1.0にてアップデートされたポイント、企業としての対応する必要のある要求事項とその対応方向性について解説します。

開示推奨項目

まずは開示推奨項目です。以下の4つの大きな項目(ガバナンス、戦略、リスクとインパクトの管理、測定指標とターゲット)があり、その下に細かい14項目があります。

それ以前に重要な4つの用語の理解が必要です:
・依存:自社のビジネスの自然への依存(事業において水をたくさん使う必要があるなど)
・インパクト:自社のビジネスが自然環境に変化を与えること(化学物質の排出による生態影響など)
・リスク:自然環境の変化が自社のビジネスに与える影響
・機会:自社の取り組みによって自然環境にプラスの影響を与えるもの

依存とインパクトを「診断」して、それを基にリスクと機会を「評価」する、という言い方をします。リスクというと生態系に対するリスクを想像しがちですが、そうではなくあくまで自社のビジネスに対するリスクのことです。
(診断はevaluation、評価はassessment、違いがややこしい)

開示推奨項目の4つの柱
・ガバナンス:依存とインパクト、リスクと機会に関する組織体制や意思決定プロセスなどについて説明する
・戦略:依存とインパクト、リスクと機会について説明する。組織のビジネスに与える影響をさまざまなシナリオ下で分析し、自社だけではなく原料調達先などバリューチェーンの上流・下流についても分析する
・リスクとインパクトの管理:依存とインパクトの診断、リスクと機会の評価、優先順位付け、監視をするための方法、情報源、プロセス、使用するガイダンス、組織体制などについて説明する
・測定指標とターゲット:依存とインパクトの診断、リスクと機会の評価、管理のための測定指標と目標を説明する

LEAPアプローチ

このための作業ガイダンスとしてLEAPアプローチが推奨されています。これは、
Locate(発見):自社のビジネス・バリューチェーンと自然との接点を把握して重要な地域やビジネスセクターを特定する
Evaluate(診断):重要な地域における自然への依存や自然からの影響の程度や重要性を診断する
Assess(評価):自社のリスクや機会を評価し、優先順位付けを行う
Prepare(準備):対応の戦略とリソースを計画し、目標設定を行い、監視を行い、その結果を報告する
の4段階から成り立ちます。

情報開示も上記の4つの開示推奨項目に沿ってやるよりも、このLEAPアプローチの4段階に沿ってやったほうがわかりやすいのではないかと思います。LEAPのほうが一般的なリスク評価・管理の流れになっているので。

指標

TNFDが推奨している開示指標は依存とインパクトについて9つ、リスクと機会について5つあります。

依存とインパクトに関する指標
・C1.0:総空間フットプリント(管理下にある面積など)
・C1.1:陸/淡水/海洋の利用変化の範囲(保全・復元した面積など)
・C2.0:土壌に放出された汚染物質の種類別総量
・C2.1:廃水排出(排出量や汚染物質濃度など)
・C2.2:廃棄物の発生と処理(種類別の総量、リサイクルされた量など)
・C2.3:プラスチック汚染(使用したプラスチックの量、そのうちのリサイクル可能量など)
・C2.4:温室効果ガス以外の大気汚染物質総量(PM2.5, NOx, SOx, VOCなど)
・C3.0:水不足の地域からの取水量と消費量
・C3.1:陸/海洋/淡水から調達する高リスク天然一次産品の量(種類別の資源・生物資源の採取量など)

汚染物質の排出に関するものが多いですね。生物多様性というよりは化学物質管理文脈のほうが近いような気がします。こういうデータはPRTR法対応などでこれまでもやってきていることでしょう。また、プラスチックが特出しにされていて、うーん、、、となってしまいます(プラスチックを使ったから何なの?、プラスチックをやめることによるリスクは?)。

このほかに仮の指標として以下のものがありますが、まだ具体的な測定指標は定まっていないようです(生物多様性に関してはこれらが一番重要な気もしますが。。。)。追加ガイダンスに説明があるようですが未読。
・C4.0:侵略的外来種(IAS)の非意図的導入に対する対策
・C5.0:生態系の状態
・C5.1:種の絶滅リスク

リスクと機会に関する指標
リスクの指標
・C7.0:自然関連の移行リスクに対して脆弱であると評価される資産、負債、収益および費用の金額
・C7.1:自然関連の物理的リスクに対して脆弱であると評価される資産、負債、収益および費用の金額
・C7.2:自然関連のマイナスのインパクトにより当該年度に発生した罰金、訴訟の内容と金額

機会の指標
・C7.3:自然関連の機会に向けて展開された資本支出、資金調達または投資額
・C7.4:自然に対して実証可能なプラスのインパクトをもたらす製品およびサービスからの収益の増加とその割合、ならびにそのインパクトについての説明

ここで出てくる移行リスクとは、法律・政策・市場・技術・評判などの変化がもたらすリスクのことです。物理的リスクとは、自然の劣化とそれに伴う生態系サービスの損失がもたらすリスクのことです。このほかにも追加開示指標がたくさんあります。必要があれば、ということでしょうね。

キリンのケーススタディー

次に実際のTNFDに基づく開示の事例を見ていきましょう。実際の開示の内容を理解できるようになったらTNFDを理解したと言えるのではないでしょうか。事例として食品メーカーのキリンを取り上げます。早い段階からTNFDに取り組んでいる企業ですね。

Forbes:キリンホールディングス、世界に先駆けたTNFD対応の理由

キリンホールディングス、世界に先駆けたTNFD対応の理由 | Forbes JAPAN 公式サイト(フォーブス ジャパン)
生物多様性の損失を食い止め、回復軌道に乗せる「ネイチャーポジティブ」への注目が経済界で高まっている。「Forbes JAPAN 2023年11月号」では、先進的なプレイヤーたちの取り組みを特集。キリンホールディングスが、世界に先駆けて自然関...

キリンの環境報告書2024年度版は以下から読めます。TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)とTNFDを統合的に扱っています。その情報開示は報告書のp13~31までです。

環境報告書 | IRライブラリ | キリンホールディングス
キリンホールディングスのIRライブラリ-環境報告書です。IR情報では、経営計画や財務情報、非財務情報、株式関連情報といった、株主様・投資家向けに提供する情報をご紹介しています。

上記で説明した開示推奨項目(ガバナンス、戦略、リスクとインパクト管理、測定指標とターゲット)の順で書かれていることがわかります。ここは基本に忠実ですね。

p14-15はガバナンスの項目で、組織体制やプロセスについて書かれています。

p16-25までは戦略の項目で、依存とインパクト、リスクと機会について説明するところです。
(「インパクト」と「機会」の用語の使い方が統一されていないので、そこが読み取りにくいのが難点です)

最初に財務への影響がまとめられていますが、自然関連よりも気候変動の影響が非常に大きいことがわかります。農作物の収量減少やカーボンプライシングなどの政策の変化に伴う影響の額が目立ちますね。同時に、感染症の増加に伴う免疫サプリや熱中症の増加に伴う熱中症対策飲料の売上が伸びるというプラスの影響も書かれています。

LEAPアプローチによる分析では、水リスク(渇水や洪水による事業への影響)の分析が行われています。これはAqueduct4.0というツールを用いた分析で、ツールの詳細は以下に書かれています。

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依存とインパクトの診断により、主要原材料生産の中からコーヒー豆、ホップ、紅茶葉、大豆の優先順位が高いとなりました。ここでの依存度は「調達量」「グループ売上収益に与える影響」、「原料生産地の代替可能性」、「輸入先への偏り」を指標としており、インパクトは「栽培段階のカーボンフットプリント」「土地利用フットプリント」、「ウォーターフットプリント」を指標としました。

さらに優先対象の中からスリランカにおける紅茶葉の生産について、リスクと機会の評価が行われました。分析の際のシナリオは、生態系サービスが劣化する中で、消費者の環境意識が向上するシナリオと、消費者の意識が低いシナリオの二つが用意されました。リスクとしては収量の減少、土壌侵食、病害蔓延などがあり、機会としては現地での認証取得などによる影響からの回復がありました。

このような分析を踏まえた将来の移行計画として、省エネルギー推進、再生可能エネルギー拡大、エネルギー転換、容器包装の削減・リサイクル推進、原料生産における温室効果ガス削減、輸送時の温室効果ガス削減、原料生産における認証の拡大、水使用量の削減、スリランカ現地での環境教育、自然再生区域の設定などが書かれています。かなり盛りだくさんな内容ですね。

p26-29はリスクとインパクト管理の項目で、リスクマネジメントの体制などについて説明されています。全体的なリスクと機会についてもまとめられています。
(リスクマトリックス、すなわち影響度と発生確率で評価した、と書かれていますが、実際のリスクの表は影響度と深刻度という二つの軸で表されていて、深刻度というのが何なのかよくわかりません)

取り上げられたリスクの中で以下の二つは面白いと思いました:
・準備のない極端な農薬・化学肥料禁止による農業基盤の連鎖崩壊
・ペットボトルへのネガティブな印象拡大

スリランカでは2021年に化学肥料や農薬の輸入を突如禁止して有機農業に一気にかじ取りしたものの、収量減少により大失敗となり、同年のうちに撤回したことがあります。茶葉の輸出量も減り、翌2022年には国家の破産宣言が出されました。海外ではこのような政策の極端な変化による「移行リスク」も注意する必要があります。

ペットボトルのネガティブキャンペーンも一時期よりはおとなしいような気もしますが、今後どうなるかの世論を注視していく必要がありますね。

p29-30は指標と目標の項目です。温室効果ガスの排出量の目標とそれに対する進捗が報告されています。あとは上記で示したC1.0からC7.4までの推奨指標が記されています。肝心の生物多様性の測定指標(C4.0の侵略的外来種対策やC5.0の生態系の状態)については詳細基準が不明のため未実施とあります(本当はここが重要なのですが。。。)。

TNFD対応って結局どうすればよいの?

社長!ありがとうございました。でも結局わかったようなわからないような。。。もっと生物多様性にがっつりと取り組んでいるものかと思っていたのですが。。。なんだかもやもやしています。

結局そういうもんなのじゃよ。現時点でコンサルに高いお金を払って見た目だけを整えてもあまり実効性がないのじゃ。わかったかの!

キリンの事例を見てもわかるように、リスクとしては生物多様性劣化よりも気候変動のほうが圧倒的に大きく、測定指標も生物多様性関連は未実施です(統一指標ができていないので)。TNFD対応が「現時点では」生物多様性の取り組みとはなっていない状況です。生物多様性の主流化はまだかなり先の話になるでしょう。

依存とインパクトに関する指標の多くは化学物質管理の文脈においてすでに取り組んでいる部分が多く、さらにはリスクマネジメントとして(スリランカの移行リスクとか)すでにサプライチェーンの上流下流含めて取り組んでいることも多いのです。つまり、これまでやってきたことをTNFD対応として位置づければよく、まったく新しいことをゼロからやらなければいけない、というわけではなさそうです。

企業の対応としては、見た目だけきれいに整えた報告書を作ることにリソースを注ぎ込むよりも、自分たちのアタマで考えて、何が自社のビジネスにとって重要かを整理することが現時点では重要なのではないかと思います。

まとめ:TNFD対応とはどのようなものか?

TNFD対応とはどのようなものかの解説として、まず開示推奨項目や測定指標などについてまとめたTNFD提言を紹介しました。依存とインパクトを診断して、それを基にリスクと機会を評価するプロセスとなります。実際のTNFD開示の例としてキリンの環境報告書を読み解きました。とはいえ、生物多様性の位置づけはまだ始まったばかりで、生態系の測定指標など今後の課題がたくさんあります。

補足

TNFDについて知るうえで、企業の生物多様性への取り組みについて解説した以下の記事も併せて読むと理解が深まります。

生物多様性への取り組みって何すればいいの?と悩んだ時の3つの戦略
SDGsやCSR、ESG投資対応で「生物多様性」に取り組まねばならないけど何をしたらよいのかわからない、という悩みに対しての3つの戦略を示します。いずれも本業と密接に関わり企業価値を向上させるような取り組みをするべきであるとまとめられます。

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