「人権リスク」その1:なぜ「人権リスク」に対応する必要があるのか?

no リスクマネジメント

要約

リスクの対象が財産・健康・環境に加えて人権などに広がりを見せており、世の中で人権を軽視した場合の悪影響が大きくなっています。人権侵害の内訳とその経年変化のデータを示しながら、なぜ「人権リスク」に対応する必要があるのか?について解説します。

本文:なぜ「人権リスク」に対応する必要があるのか?

本ブログではさまざまな「リスク」を扱っていますが、最近よく聞くようになってきたのが「人権リスク」という言葉です。企業におけるリスクマネジメントの中の一つのトピックとなっています。

人権を軽視するような態度は業務を進めるうえで大きなリスクとなります。以前であれば許されていたようなことであっても、会社の役員や有名人などは一発退場となるリスクがあるのです。今年に入ってからだけでも、以下のようにたくさんの人権軽視による退場劇がありました。

J-CASTニュース:「170cmない男は人権ない」で選手契約解除のプロeスポーツチーム、再発防止策発表 「人権尊重」盛り込む

「170cmない男は人権ない」で選手契約解除のプロeスポーツチーム、再発防止策発表 「人権尊重」盛り込む
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本記事では、人権とはなにか?、人権侵害とはなにか?、人権侵害の内訳とその経年変化、リスクが人権に広がっていることなどを解説し、なぜ「人権リスク」に対応する必要があるのか?についてまとめます。

人権侵害とはどんなものがあるか?

基本的人権とは、日本国憲法で保障されている「人間が人間らしく生きていく上で不可欠の権利」のことで、以下のようにいくつかに分かれています:
・自由権:国家権力による制約を受けずに自由に思想し行動できる権利
・参政権:国政に参加する権利
・社会権:生存権や教育を受ける権利など、社会において人間らしく生きるための権利
・法の下の平等・平等権
・プライバシー権などの幸福追求権

次に、このような人権を侵害する問題とはどのようなものかを、以下の資料をベースに見てみましょう。大きく分けると差別・虐待・公権力による人権侵害・プライバシー侵害・名誉毀損・財産権侵害などがあります。

法務省:人権救済制度の在り方に関する中間取りまとめ

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I  差別の関係では,女性・高齢者・障害者・同和関係者・アイヌの人々・外国人・HIV感染者等に対する雇用における差別的取扱い,外国人等に対する商品・サービス・施設の提供等における差別的取扱い,同和関係者・アイヌの人々等に対する結婚・交際における差別,セクシュアルハラスメント,アイヌの人々・外国人等に対する嫌がらせ,同和関係者・外国人等に関する差別表現等の問題がある。

II  虐待の関係では,夫・パートナーやストーカー等による女性に対する暴力,家庭内・施設内における児童・高齢者・障害者に対する虐待,学校における体罰,学校・職場等におけるいじめ等の問題があり,これらの問題はその性質上潜在化しやすいことから,深刻化しているものが少なくない。

III  公権力による人権侵害としては,各種の国営・公営の事業等における差別的取扱いや虐待等,私人間におけるものと基本的に同じ態様の問題があるほか,違法な各種行政処分による人権侵害,捜査手続や拘禁・収容施設内における暴行その他の虐待,いわゆる冤罪や国等がかかわる公害・薬害等に至るまで様々な問題がある。

IV  マスメディアによる人権侵害として,犯罪被害者等に対する報道によるプライバシー侵害,名誉毀損,過剰な取材による私生活の平穏の侵害等の問題があるほか,その他のメディアを利用した人権侵害として,インターネットを悪用した差別表現の流布や少年被疑者等のプライバシー侵害等の問題がある。

V  そのほか,高齢者・障害者にかかわる家族等によるその財産の不正使用や悪質な訪問販売・悪徳商法による財産権侵害の問題等,様々な問題がある。

https://www.moj.go.jp/JINKEN/public_jinken04_settlemen02.html

最近では、インターネット(特にSNS)による誹謗中傷・プライバシー侵害・性的搾取、LGBTQへの偏見・差別・いやがらせ、コロナ感染者への差別など、新たなものが出てきています。最近の統一教会問題はVの財産権侵害と関係しそうですね。

コロナ差別やSNSの問題については本ブログの過去記事でも取り上げています(リンクは補足参照)。

人権侵害の内訳とその経年変化

続いて同じ法務省の資料を用いて、人権侵害の内訳とその経年変化を見ていきましょう。使用する資料は以下のものです。

法務省:「人権侵犯事件」の状況について(概要)

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まずは人権侵害(資料では人権侵犯)事件全体の経年変化を以下のグラフに示します。年間20000件程度で推移していたのが、2012年ころから下がりはじめ、特に2018年以降の減少具合が大きくなっています。

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2020年以降はコロナ禍で外部に相談しにくくなっていることもあるかもしれませんが、コロナの前から下がりはじめているので、減少傾向にあるのは確かでしょう。ではなにが下がってきたのでしょうか?その内訳を2012年と2021年で比較してみましょう。

breakdown
画像は以下の資料から引用
https://www.moj.go.jp/content/001369627.pdf
https://www.moj.go.jp/content/000024309.pdf

暴行・虐待、学校におけるいじめ、住居・生活の安全関係、強制・強要が大きく減少したことがわかります。一方で、プライバシー侵害や労働権関係はそれほど件数が変わっておらず、2021年では内訳でトップ1, 2になりました。

プライバシー侵害はインターネット(特にSNS)の使用が大きく影響しているものと考えられます。そこで、インターネット上の人権侵害の推移を以下に示します。

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画像は以下の資料から引用
https://www.moj.go.jp/content/001369627.pdf

やはり、ここ10年くらいでインターネット上の人権侵害が大きく増加したことがわかります。これはSNSの普及と関係ありそうですね。

ということで、人権侵害の問題はインターネットと職場が対策の主要なターゲットとなってくると考えられます。

リスクは人権に広がっている

これまでのリスク管理の主なターゲットは財産や人の健康、環境(生態系)などでした。それに加えてその範囲は広がりを見せていますが、そのうちの一つの大きな柱が人権になるでしょう。

まず大きな動きとしては、世界的なSDGs(持続可能な開発目標)推進の流れがありますね。17の目標はそれぞれ人権とのかかわりがありますが、特に以下の4つは深い関係があります:
5.ジェンダー平等を実現しよう
8.働きがいも経済成長も
10.人や国の不平等をなくそう
16.平和と公正をすべての人に

また、上記で整理したように、インターネット上の誹謗中傷や職場での各種ハラスメントは非常に大きな問題となっています。

AIなどの新しいテクノロジーがプライバシー侵害や差別等の新たな問題を生み出すという人権リスクも懸念されています。これは本ブログの過去記事で解説しています(リンクは補足参照)。

新しいテクノロジーを社会実装する際に重要なのが「ELSI(倫理的・法的・社会的課題)」の考え方です。せっかく良い技術があっても現行の法規制と合わないものであったり(法的課題)、これまでの倫理規範でカバーできないものであったり(倫理的課題)、社会に受け入れられなければ(社会的課題)普及は見込めません。これも人権と関係が深い分野です。

国の制度の構築においても人権リスクの検討は必須になってきています。例えばマイナンバー制度についても、プライバシー権の侵害にあたるかどうかの訴訟なども起こされています。

東京オリンピックのような大規模イベントでも人権リスクが発生します。女性差別発言やいじめ自慢、ナチスの揶揄などで世論が炎上してから場当たり的に対応し、結局皆退場となりました。そして日本は国際的な人権感覚が弱いところを見せてしまいました。

国の取り組みとしては教育・啓発活動がメインで、ほかに相談窓口の設置や、犯罪に該当するものについては取り締まりの強化があります。 

法務省:令和4年版人権教育・啓発白書

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企業においても人権対応が必須になってきています。冒頭に書いたように不祥事の影響が以前よりも大きくなっており、世の中の受け入れられないリスクの大きさが急激に下がってきています。

パワハラ、セクハラ(LGBTQ対応含む)などの各種ハラスメントは人材の損失につながります。また、技能実習生の待遇問題も大きくなっています。加えて、ウイグルの強制労働によって作られた綿を使う企業に対して消費者がマイナスイメージを持ったりするなど、国際的な人権感覚を無視することはできません。

ESG投資の流れにおいても人権を軽視する企業は経営のリスクが大きいと判断され(ESGのうちのS、Socialの部分)、資金調達にも影響が出てきます。

企業における人権リスクを評価し、適切に管理するプロセスが「人権デューデリジェンス」です。もうかなり長くなってしまったので、人権デューデリジェンスについては次回に解説してみようと思います。

まとめ:なぜ「人権リスク」に対応する必要があるのか?

リスクの対象が財産・健康・環境に加えて人権などに広がりを見せており、世の中で人権を軽視した場合の悪影響が大きくなっています。虐待やいじめ、安全関係、強要などが減少した一方でプライバシー侵害や労働権関係の割合が高くなっており、インターネットと職場での対策が必須になっています。

人権リスクその2では人権デューディリジェンスについて解説しています。

「人権リスク」その2:人権デューディリジェンスとは人権リスクマネジメントのPDCAサイクルのこと
企業活動における人権リスクマネジメントの全体像、その中の人権デューディリジェンスのプロセス、人権リスク評価の手法について解説します。人権デューディリジェンスは、自社や取引先などにおける人権リスクを特定し、防止・軽減し、取り組みの実効性を評価し、その結果を説明するという一連のプロセスです。

補足

本記事と関連する本ブログの過去記事へのリンクです。

コロナ差別:

コロナに感染したのは自己責任だから謝罪して当然か?自己責任と差別・誹謗中傷の関係
安倍首相が病気を理由に辞任を表明しましたが、病気を揶揄する声も上がっており、これの「病気になるのは自己責任」という考え方はコロナウイルス感染者への差別や誹謗中傷と根本が同じです。感染対策をとっているかどうかも集団としての感染確率が高いか低いかの問題でしかなく、感染したという結果を個人の責任に帰するべきではないでしょう。

SNSプラットフォームの問題:

SNSなどのプラットフォームはトンデモ科学な発信にどこまで責任を負うべきなのか?英国王立協会のレポートを紹介します
トンデモ科学情報の拡散のツールになっているsnsなどのプラットフォームはいったいどこまで責任を負うべき(強権を発動すべき)なのだろうか?という疑問に参考となる英国王立協会のレポートの内容を紹介します。疑似科学対策としてコンテンツの削除やアカウントの凍結のみに依存するべきではない、という興味深い内容となっています。

AIのリスク:

AI農業のリスク―新しい技術には新しいリスクがある
AI農業のリスクとして、(1)ハッキングなどのセキュリティのリスク、(2)環境破壊のリスク、(3)大企業によるデータ独占のリスクが挙げられていますが、誤同定による被害、機器類の事故、ディープフェイクやAIボットによる社会の混乱のほうがよりリアルなAI農業のリスクとなりえます。

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