要約
(1)農産物のインターネット通販における無農薬表記、(2)農薬として使用できない除草剤、(3)私有地での無免許運転、を例に、法令違反ではなくてもコンプライアンス的に問題がある行為(法律の目的や社会的背景、倫理規範にそぐわない行為)について整理します。
本文:農業分野のリスクとコンプライアンス
今回は農業分野のリスクに関するコンプライアンスについて書きます。コンプライアンスについては過去記事にも書いた通り、単純に「法律を守ること」ではなく、法律が出来上がった目的や社会的背景、倫理規範にそぐわない行動をしない、という意味です。
法律に違反しない限り何をしてもよい、という風潮はよく見かけます。最近では立花孝志氏による選挙ハックがよい例です。2024年11月の兵庫県知事選挙では、立花氏が立候補しつつも選挙活動で堂々と斎藤元彦氏を応援し、斎藤氏が当選しました。
立花氏は2024年7月の東京都知事選でも「NHKから国民を守る党」から多数の立候補者を出し、ポスター貼る権利を売却して注目を集めました。規制の穴を狙ってなんでもやってしまいます。
ただし、何か大きな問題が起これば一気に規制に動く可能性もあります。これまではいちいちそんな規制をかけなくても誰も問題を起こさなかったので規制がなかっただけで、問題を起こす人が増えれば、放置することはできなくなるでしょう。
読売新聞オンライン:自民・公明、臨時国会での公選法改正で一致…選挙ポスターに一定の「品位」求める規定
一方でAIなどの新技術については技術開発のスピードが速いため法規制が追い付きません。そのような状況で、規制がないからなんでもできるという会社と規制がないから何もできない(どこまで攻めたらよいかわからない)という会社に分かれます。
こんなときは冒頭に書いたように、規制が必要な目的や社会的背景、倫理規範にそぐわない行動をしない、という原則で行動することが必要となります。このように考えれば選挙ハックなどの行動はできないはずです。
冒頭で紹介した過去記事ではELSI(Ethical, Legal and Social Issues)について解説しました。たとえL(法律)をクリアしていても、E(倫理)やS(社会)で引っ掛かれば社会で受け入れてもらうことができません。
農業分野のリスクについて同様のことを考えてみましょう。規制に引っ掛からなければ何をしてもよい、という考えで行動する人が増えると、一気に社会が規制強化に向けて進んでしまいかねない事例が結構あるのではないでしょうか。
そこで本記事では、(1)農産物のインターネット通販における無農薬表記、(2)農薬として使用できない除草剤、(3)私有地での無免許運転を例に、法令違反ではなくてもコンプライアンス的に問題がある行為について整理してみましょう。
農産物のインターネット通販における無農薬表記
「無農薬」という表記はかなりややこしい言葉で、「栽培期間中農薬を使っていない」という意味と「農産物に農薬がまったく入っていない」という意味で混乱してしまいます。
「農薬を使ってなければ農産物にも入っていないじゃないか?」と思われるかもしれませんが、栽培で農薬を使っていても、吸収しなかったり分解したりして農産物に残るとは限りませんし、栽培で農薬を使っていても近隣で散布した農薬が飛んできて農産物にかかれば(これを「ドリフト」と呼びます)農産物に農薬が混入することもあります。
このような誤解を招く表記なので、農林水産省の「特別栽培農産物に係る表示ガイドライン」では、「無農薬」や「減農薬」などの表記を禁止しています(罰則があるようなものではありません)。「減農薬」も何がどれくらい減ったのかよくわからないため禁止です。
農林水産省:特別栽培農産物に係る表示ガイドライン
ところが、「無農薬」という言葉は消費者にとって非常に訴求力が高く、ネット通販でも「無農薬」で検索する人が多いため、いわゆる産直ECと呼ばれる農家と消費者をつなぐWEBサービスにおいて「無農薬」という表記が横行していたのでした。
産直ECサイトの「ポケマル」は無農薬表記への批判に対応して、農水省に確認するなどして以下のQ&Aにあるような「栽培方法などについて相互に納得したうえで売買されている場合はガイドラインの対象外になる」に該当するとして、「無農薬」表記OKという判断をしました。
ただし、この件について以下のポストにリンクされている文章は現在削除されています。さらに今でもポケマルで「無農薬」で検索すると沢山出てくるのでガイドラインは守られていないようです。
一方で、同じ産直ECサイトの「食べチョク」はガイドライン遵守を求めています。
どういう場合にガイドラインの対象外になるのか?という抜け穴を一生懸命考えるよりも、なぜ「無農薬」表記が禁止されているのか?ということを考えるべきでしょう。優良誤認を防ぐためなわけですから、「無農薬」で検索して買い求める人に誤解を与えないルールを守るのは当然のことと思われます。ルールの対象外だからOKというのはコンプライアンス的には不適切です。
たとえガイドラインを無力化して儲けが出たとしても、そのうちに「無農薬」表記された農産物から農薬が検出されたとか、食べて健康被害が出た、などという事態が発生すれば、より強力な規制を社会が求めるようになり、政治や行政が動き出してしまうでしょう。そうなってからでは遅いのです。
農薬として使用できない除草剤
「農薬として使用できない除草剤」というものがあります。「除草剤なんだから農薬でしょ!?」と思われるかもしれません。農薬とは農作物や樹木・芝・花などの植物の栽培管理に使用される資材のことであり、植物の栽培管理が目的ではないものは「農薬」扱いになりません。
例えば道路脇の雑草を防除するために使用する除草剤は、植物の栽培管理が目的ではないので農薬ではありません。このような目的で使用される除草剤は農薬登録(国による認可)されておらず、農薬取締法の規制も受けません。このような除草剤はホームセンターなどでも普通に売られていますが、農業目的で使用することはできません。
なので以下で説明されているように、このような商品は「農薬として使用することができません」と明記する必要があります。
農林水産省:除草剤の販売・使用について
農業・植物保護用途に使用される農薬は、国が人の健康や環境への影響を評価して問題がないと判断されたものだけが登録されています。そして使用基準(適用作物、希釈倍数、使用量、使用時期、回数など)を守ることで安全性が担保されます。使用基準を守らずに使用した人には罰則があります。
逆に言えば、農薬ではない除草剤はこのような使用基準による規制がないために、なんでもできてしまう状況です。ただし、「だから好きなように使い放題使ってよい」というわけではありません。なんのために農薬が規制されているのかを考えれば、農薬と同じ有効成分を含む「農薬ではない除草剤」についても同じように十分注意して使用する必要があるでしょう。
現状では国が規制をせずともそれほど大きな問題が起きていないので規制されていないだけなのです。よって、何か大きな問題が起これば一気に規制に進んでしまう可能性があります。そうならないためにも農薬と同様の管理が必要になってくるわけですね。
実際に海外では、農業用途以外の除草剤などを禁止している国もあります。これは特定の除草剤が安全ではないから禁止している、というよりも野放しでコントロールが効かない状況を防ぐためでしょう。日本よりも国民が信用されていない、ということなのでしょうか。
例えば以下のサイトによると、フランス、カナダ、オランダなどで農業用以外の化学農薬全般が禁止されているようです。
グリホサートが世界中で禁止なのは本当?実際の販売状況を解説
私有地での無免許運転
自分の農地内で子供にトラクターを運転させている画像や動画をネットで目にすることがあります。私有地だから問題ない、という判断のようです。これに対して私有地といえど子供に運転させるべきではない、という意見もあります。
また、私有地であっても道路と判断されて違反になるケースもあるようです。私有地でも多数のクルマや人が通行している場所は道路とみなされる場合があり、その線引きは結構微妙です。
ここで、農地は道路とみなせるかどうかを議論することはナンセンスでしょう。農地は道路ではなく免許は必要なかったとしても、そもそもなぜ運転するのに免許が必要なのかを考えれば、違反じゃないから運転してOKという考えには至らないはずです。私有地は取り締まりの実効性が低いので規制が困難なだけで、規制されてないからOKということではありません。
また、以下のサイトでトラクターの説明書を閲覧できますが、たいてい最初の安全に関する注意事項の中で「子供に絶対に運転させないこと」などと記載されています。
農研機構の農産業安全情報でも、子供をトラクターに載せないように注意喚起がされています。子供の死亡事故も多数発生しているのです。
さらには児童労働の問題もあります。これも自営業で自分の子供を手伝わせるのは労働基準法違反にはあたりませんが、節度をもってやらなければコンプラ的にはNGとなるでしょう。
ついでになりますが、最近埼玉の高校にて深夜に生徒が校内で自動車を運転して死亡事故を起こしました。ナンバープレートのないグラウンド整備用の車に無断で乗車していたようです。
埼玉新聞:涙ぐむ人…高2死亡、窓から身を乗り出して車が横転 深夜グラウンドで 高校が説明会、保護者「ずさんであり得ない」 頭を下げてあいさつし、真面目な生徒が多い学校「いたたまれない」
これも、以下の記事のように学校内のグラウンドは道路かどうかを議論するのは、責任を問う裁判など以外ではナンセンスでしょう。法令違反じゃなかったとしてもこのように無免許で運転させるのはコンプライアンスに反します。
弁護士ドットコムニュース:埼玉栄高校グラウンドで車横転事故…運転していた生徒は「無免許」といえるのか? 学校の管理責任はどうなる?
まとめ:農業分野のリスクとコンプライアンス
(1)農産物のインターネット通販における無農薬表記、(2)農薬として使用できない除草剤、(3)私有地での無免許運転を例に、コンプライアンスについてまとめました。コンプライアンスとは単純に「法律を守ること」ではなく、法律の目的や社会的背景、倫理規範にそぐわない行動をしない、という意味です。法律に違反しない限り何をしてもよいわけではありません。何か大きな問題が起これば一気に規制に動く可能性もあります。
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