さまざまなリスクを俯瞰する試みとしての「グローバルリスク報告書2022年度版」を解説します

global-risk リスク比較

要約

2022年1月に世界経済フォーラムが公表したグローバルリスク報告書2022年度版を解説します。この報告書は特定分野ではなく全てのリスク要因を扱うオールハザードアプローチであることや、短期的(今後0-2年)・中期的(今後2-5年)・長期的(今後5-10年)なリスクをランキングする点に特徴があります。

本文:グローバルリスク報告書2022

2022年1に世界経済フォーラム(World Economic Forum, 通称ダボス会議)はグローバルリスク報告書2022年度版「Global Risks Report 2022」を公表しました。

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報告書本体:

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この報告書は世界の今後2~10年間くらいを想定した世界のリスクを俯瞰した結果を毎年公表するもので、今回で17年目になります。リスクの発生要因として5つのカテゴリー(経済,環境,地政学,社会,技術)から37種類のリスク(補足参照)を洗い出し、世界の有識者約1000人へのアンケート調査をもとにリスクのランク付けをするものです。

短期的(今後0-2年)では「異常気象」、中期的(今後2-5年)と長期的(今後5-10年)では「気候変動対応への失敗」がランキングでトップになりました。つまり、気候変動が最も大きなリスクと捉えられています。また、短期的には新型コロナウイルスによる影響(生活苦、社会的分断、感染症直接のリスク、メンタルヘルスの悪化)が上位に多く入っていますが、長期になるほど環境関係(気候変動、生物多様性、天然資源の枯渇、生活環境の悪化)が上位を占めるようになります。

この手のものはリスク学的にはいわゆる「リスクを俯瞰する試み」とくくることができます。世の中にはさまざまなリスクがあるので、まずはそれらを俯瞰してからどのリスクにどれくらい取り組むのか、ということを決めなければいけません。他にも「リスクを俯瞰する試み」というものはいろいろあるのですが、その中でも一番有名で影響力のあるのがグローバルリスク報告書と言われています。

グローバルなんて規模がデカすぎるんだよ、興味ないね!

このように思われた方も多いと思います。ただし、このアプローチは別に地球規模だけに適用するものではなく、日本という国レベル、地域レベル、組織レベル、家族レベル、個人レベルなどさまざまなレベルで同じことができます。ということで結果だけではなくそのアプローチに注目するのも面白いでしょう。

本記事では、グローバルリスク報告書2022の内容をざっくりと説明し、次このようなリスクの俯瞰が何の役に立つのかを解説します。最後に、国から個人までさまざまなレベルでこのようなリスクの俯瞰が有用であることを示します。

グローバルリスク報告書2022の内容

Global Risks Perception Survey(GRPS)は約1000人の有識者に以下のようなアンケート調査を行って、その結果をまとめたものです。
・新型コロナによって悪化したリスクを挙げ、今後の世界の見通しを回答
・37のリスクについて短期・中期・長期の中から重大な脅威となる時期を回答
・37のリスクについて結果の重大度を回答。人間の苦痛、社会的混乱、経済的ショック、環境悪化、政情不安など、複数の基準を考慮して評価する。
・あるリスクが他のリスクを悪化する稼働について回答
・15の分野から、国際リスク軽減の取り組み状況について回答

回答者の属性としては
・年代は40-50代で約半分を占める
・男性64%、女性34%
・組織はビジネスが44%、アカデミアが17%、政府機関16%、NGO10%、国際機関9%など
・地域は44%がヨーロッパでトップ、次に北アメリカで15%、西アジア&太平洋で13%と続く
・専門性は経済学が21%でトップ、テクノロジー16%、社会学13%、環境学9%、地政学9%、リスク学8%など
となっています。

GRPSの結果は以下のサイトでビジュアライズされています。

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新型コロナによって悪化したリスクは「社会的分断」と「生活苦」がトップになり、他に大幅に悪化したのは「債務危機」、「サイバーセキュリティの失敗」、「デジタル格差」、「科学に対する反発」です。

他のリスクに悪影響をもたらすリスクとして、「気候変動対策の失敗」、「異常気象」、「生物多様性の損失」、「生活苦」、「社会的分断」の5つが挙げられています。気候変動は異常気象や生物多様性の損失に影響したり、異常気象は生物多様性の損失や難民の増加に影響したり、生物多様性の損失が異常気象や天然資源の枯渇に影響したりします。

15のリスク要因に対する国際的なリスク低減対策については、「貿易円滑化」、「国際犯罪」、「大量破壊兵器」については取り組みの効果が比較的高い分野でしたが、「人工知能」、「宇宙開発」、「国境を越えたサイバー攻撃と偽情報(デマ)」、「移民と難民」については取り組みが遅れているとの評価になりました。

これらの結果とは別に、世界の12000人の有識者に自国のリスクを質問してランキングしたものもあります(リンクは補足参照)。日本のリスクは1位が長期経済停滞、2位が異常気象、3位が地域間紛争、4位がサイバーセキュリティ対策の失敗、5位が資産バブルの崩壊と感染症(同点)、となっていました。

ランキングばかりが注目されがちですが、報告書の中では第1~6章にかけて、コロナによる社会的分断、気候変動対応、デジタルへの依存とサイバーセキュリティ、難民・移民問題(コロナでさらに国境の壁が厚くなった)、宇宙開発競争、コロナ対策について詳しい分析があります。

リスクを俯瞰して何の役に立つ?

次に、このようなリスクを俯瞰する試みって何の役に立つんだろうか?という疑問に答えてみます。直接的には、これからどのようなリスクが顕在化するかの予測に役に立ちます。リスクマネジメントに必要な予算や人員は限りがありますので、どのリスクに的を絞って取り組んでいくか、という方向性を示してくれるわけですね。

このような対策の優先順位付けにはリスクのランキング化、つまり「リスク比較」が有用です。本ブログでもリスク比較はメインコンテンツの一つですが、グローバルリスク報告書では本ブログで指標として使う「年間死亡リスク」などで比較できないようなさまざまなリスクを取り上げています。

よくリスク比較では「異なる種類のリスク比較はどんな場合でもNG」という都市伝説がまかり通っているのですが、問題となるのは特定のリスクの許容を目的とした比較対象の恣意的な選定であって、リスク比較そのものに問題があるわけではないのです。

また、グローバルリスク報告書の内容に詳しい蛭間芳樹さんによれば(文献情報は補足参照)、当初の目的は差し迫ったリスクを指摘することよりも、予測の難しい将来のリスクに取り組むうえでの必要な見識を与えることだった、とされています。

さらに、毎年報告書が出ているため、その年のリスクのトレンドとトレンドの経年変化がわかります。有識者へのアンケートという手法に基づいているため、良くも悪くもその年の出来事に引っぱられる傾向があるからです。

これに加えてリスクを俯瞰する試みのもっと本質的な部分は、リスクマネジメントの重要性を示すことにあります。リスクマネジメントは個別のリスクをそれぞれの担当部署で管理してくことではなく、総合的な国家や組織の運営そのものになります。「リスクマネジメント」と「リスク管理」との違いのについては本ブログの過去記事に詳しく書いています。

リスクマネジメント1:いわゆる「リスクマネジメント」とリスク学文脈の「リスク管理」との違いは何か?
放射線防護や化学物質・食品安全あたり出発地点とするリスク学の文脈における「リスク管理」と、保険を出発地点とする組織のリスクマネジメントの文脈における「リスクマネジメント」の違いについて整理しました。リスクマネジメントはリスク学文脈のリスク管理よりもリスクガバナンスに近い用語です。

つまり、リスクマネジメントの司令塔組織を作ってリスクを俯瞰し、トップがリスクマネジメントの方向性を示していく必要があります。方向性の中では、リスクの全体的な許容量を決めて、どのリスクをとってどのリスクはとらないか、などの戦略を決めることが重要になります。

リスクの俯瞰は国でも組織でも家庭でも個人でも役に立つ?

最後に、リスクの俯瞰は国でも組織でも家庭でも個人などいろいろなレベルでも役に立つという話を書きます。

ここまですでに説明してきたように、グローバルリスク報告書の手法は化学物質や自然災害など個別分野の話ではなく、全てのリスク要因(ハザード)を扱うオールハザードアプローチです。このアプローチを国家レベルで行うのがナショナルリスクアセスメントです。これは欧米の各国で先進的に行われてきました。

日本では2014年に日本政策投資銀行による初の報告書が公表されています(上記の蛭間さんが主導したもの)。調査方法はグローバルリスク報告書とほぼ同様で、日本の地方自治体と民間企業と合わせて53の回答をまとめたものです。2014年以降継続的な調査はされていないようです。

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発生する可能性の高いリスクは1位がサイバー攻撃、2位が大規模データの不正利用、3位が温室効果ガスの排出量増大、4位が感染症パンデミック、5位がテロでした。一方で発生した場合の影響の大きさについては、1位が感染症パンデミック、2位がサイバー攻撃、3位が原子力災害、4位が抗生物質耐性菌、5位が前例のない地球物理的破壊(最初の画像のイメージ?)、となりました。

発生可能性と影響の大きさを掛け合わせたものがリスクとなり、サイバー攻撃と感染症パンデミックのリスクが高いと指摘されています。実際に感染症は現在最も重大なリスクとなっています。

このような対策の優先順位付けとリスク認識の共有(つまりはリスクコミュニケーション)の材料としてのリスク俯瞰は地球レベルや国レベルだけではなくもっといろいろなレベルで活用可能です。

組織におけるリスクマネジメントで行うリスクアセスメントはまさにこのリスクの俯瞰になります。この手法については本ブログの過去記事に詳細を書きました。

リスクマネジメントその4:リスクマネジメント文脈におけるリスク評価のプロセス
リスクマネジメント文脈におけるリスク評価について、リスク学文脈との比較の視点から整理しました。リスクアセスメントはリスク特定(リスクの洗い出し)、リスク分析(リスクの発生確率や影響度の評価)、リスク評価(リスクの判定と優先順位付け)という3つのプロセスにより成り立っています。

こういうことは家庭でも個人でもできますね。家庭の運営においても病気やケガ、家計、災害などさまざまなリスクを洗い出して対策を考えることが大切ですし、以下のWEBサイトにあるように、リスクを「マイナスのこと」に限定せずに「大切なこと」と考えるのも面白いです。

家庭のリスクマネジメント | ニュートン・コンサルティング株式会社
家庭のリスクマネジメント支援キット(無料)

個人のレベルにおいても、人生の現状と目指す姿を設定し、その間をつなぐプロセスを阻害する要因を洗い出してその対策を考えることなどに取り組むと、人生のリスクマネジメントになります。このようにリスクを俯瞰する試みは「スケールが大きすぎて自分には関係ないこと」ではなく、状況に合わせていろいろな活用ができるものとなります。

まとめ:グローバルリスク報告書2022

グローバルリスク報告書2022年度版を題材として、オールハザードアプローチによるリスクの俯瞰について解説しました。対策の優先順位付けやリスク認識の共有化(リスクコミュニケーション)のための材料として活用できます。最終的にはリスクマネジメントにつながりますが、このアプローチは世界レベルだけではなく、国レベル、組織レベル、家庭レベル、個人レベルなどさまざまなレベルで活用が可能です。

補足

グローバルリスク報告書2022の各内容へのリンク:
37種類のリスクの説明:

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国別のリスク評価:

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リスク評価手法の説明:

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グローバルリスク報告書を読み解くための参考情報:
蛭間芳樹 (2019) 13-3 グローバルリスクへの対応. 日本リスク研究学会(編)リスク学事典, 丸善.

https://www.amazon.co.jp/dp/4621303813/

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