要約
激辛チップスを食べた高校生が集団で搬送されるなど、激辛ブームに伴う健康影響の懸念が高まっています。辛み成分であるカプサイシンの健康影響についてまとめ、辛さを示すスコヴィル値について解説します。加えて辛み成分が逆に健康に良いかもしれない点についてもまとめます。
本文:激辛食品は健康に良いのか悪いのか?
テレビやSNSでは激辛チャレンジが流行っていますが、これを素人が真似すると大変危険です。2024年7月16日に東京都で激辛チップスを食べた後に高校生14人が体調不良で搬送されるという「事件」が発生しました。
東京新聞:「激辛チャレンジ」どれだけヤバい? 高校生が「18禁」で搬送 ガマン動画が流行っているけど、実は死者も
この記事には2023年9月にアメリカで同様に激辛チップスを食べた14歳の少年が数時間後に死亡したことも書かれています。
限界を超えて食べること自体が新たなエンタメとなってしまうと、普通に食べる分には問題なかったものに新たなリスクが発生してきます。激辛チャレンジはそのような新しい身近なリスクと言えるでしょう。
本記事では、まず辛み成分であるカプサイシンの健康影響についてまとめ、次に健康影響が出るほどの激辛チップスについて調べたことを整理します。最後に辛み成分のベネフィット(健康に良いとされている点)についてもまとめてみました。
カプサイシンの健康影響
カプサイシンの健康影響については農水省のWEBサイトがわかりやすいのでまずはこれを見ていきましょう。
農林水産省:カプサイシンに関する詳細情報、健康影響
辛み成分であるカプサイシンは、カプサイシノイドという化学物質のグループに分類され、このグループにはカプサイシン以外にもノルジヒドロカプサイシンなどいくつかの辛み成分が含まれます。
なので、トータルの辛さはカプサイシン濃度だけではなくカプサイシノイド全体で考える必要があるわけです。各濃度から辛さに換算する単位としてスコヴィル値というものを使います。これは、1912年に化学者のスコヴィル氏が、トウガラシ抽出物の辛みを感じなくなるまで砂糖水で薄めた時の希釈倍率で辛さを表したことに由来して命名したそうです。人体実験の産物というわけですね。
カプサイシンの辛みは舌の灼熱感(焼け付く痛み)によるものです。これは口の中だけではなく気管支や消化管、肛門にまで及びます。辛いものを食べるとお尻が痛くなるのはこのような作用によるものですね。
なお、カプサイシンの刺激が繰り返されると感覚がマヒして辛みや痛みを感じにくくなるそうです。これを利用した鎮痛外用薬もあります。
カプサイシンの致死量や無影響量などを評価したのはドイツ連邦リスク評価研究所(BfR)です。以下は急性影響に関する記述です。
マウスの経口摂取での動物実験から最も低い半数致死量(LD50)を60 – 75 mg/kg bwとしました。また、ヒトでの疫学調査から胃の細胞の剥離についての経口摂取での無毒性量(NOAEL)を8.3 mg/kg bwとしました。
通常の食事における最大摂取量は5 mg/kg体重程度で、ヒトのNOAELは超えていないようです。ただし、この最大量の10倍程度で半数致死量になってしまうので、大量食いは結構リスクがあるのではないかと思われます。
次に、長期的な影響についても見ていきましょう。カプサイシンに発がんリスクがあるとする研究はいくつかあります。例えばインドやメキシコでの疫学調査の結果、トウガラシの消費量が多い人は大腸がんリスクが増加するとの報告があるようですが、あまり信頼できる研究ではないようです。
以下のメタアナリシス論文(本文未読)では、カプサイシン摂取量と胃がんの発症リスクを解析しており、低摂取のグループでは胃がんリスクが低くなりましたが、高摂取のグループでは逆に胃がんリスクが高く(発症率なんと2倍!)なりました。辛いものをよく食べる韓国人とメキシコ人を別途解析しても同じ結果になったようです。
Pabalan et al (2014) The Impact of Capsaicin Intake on Risk of Developing Gastric Cancers: A Meta-Analysis. J Gastrointest Canc 45, 334-341
ということで、辛いものに慣れている人でもほどほどにしておいたほうが良さそうですね。
激辛チップスの辛さレベル
さて、カプサイシンの健康影響を整理したところで、どれくらい辛いものを食べると致死レベルに達するのか考えてみましょう。先ほどの情報では半数致死量が60mg/kg体重程度なので、体重50kgの大人なら3000mgで致死量になります。
以下のタバスコのWEBサイトには、よく見るオリジナルレッドペパーソースのスコヴィル値2500-5000という記載があります。さらにハバネロソースはスコヴィル値5000-8000、スコーピオンソースはスコヴィル値23000-33000という数字になっています。
ただ、健康影響評価はカプサイシン濃度で評価されているので、辛さの単位であるスコヴィル値からカプサイシン濃度に変換する必要があります。
というよりもスコヴィル値はそもそも機器分析が使えなかった時代に人体実験により辛さを定量していたものであり、現在は機器分析でカプサイシン濃度を定量し、そこからスコヴィル値に換算しているようです。
カプサイシン濃度(mg/kg)×16 = スコヴィル値
となるようなので、オリジナルのタバスコソースはカプサイシン濃度で150-300mg/kg、スコーピオンソースは1500-2000mg/kgくらいになります。
オリジナルのタバスコソースなら10kg程度で半数致死レベルになりますね。実際にタバスコソース10kg一気飲みするのはまずありえない量でしょう。スコーピオンソースなら2kg程度で致死レベルです。これもありえない量でしょう。
なんとドイツではスコヴィル値100万のチリソース(カプサイシン濃度62500mg/kg;濃縮でもしている?)が販売されているそうですので、50gで致死レベルに達します。
次に、冒頭のニュースで紹介した激辛チップスは一体どれくらいの辛さだったのでしょうか?日本の高校生が搬送された際に食べた激辛チップスは以下のもので、スコヴィル値100万!のブットジョロキアというトウガラシが使われているようです。
磯山商事:18禁カレーチップス
ただし、そのブットジョロキアがチップス1袋にどれくらい使われているのかは書かれていないので、カプサイシンの摂取量までは計算ができません。18禁などの表示が逆に思春期の子供の挑戦意欲を掻き立ててしまうことになったのかもしれませんね。
一方、アメリカでの死亡事故を起こした商品はPAQUI社による「ワン・チップ・チャレンジ」という激辛トルティーヤチップスでした。
BuzzFeed:激辛チップスを食べ、14歳の少年が死亡。SNSで流行のチャレンジ、複数の健康被害
この商品にはキャロライナ・リーパーなる品種のトウガラシが使われており、このスコヴィル値は18禁カレーチップスに使われたブットジョロキアを超える220万!とのことです。
ただし、これもチップスへの添加量はわからず、カプサイシンの摂取量までは計算できませんでした。なお、PAQUI社は死亡事故を受けて販売を停止し、店頭から回収しました。
辛い食べ物のベネフィット
さて、ここまで辛い食べ物による悪影響のことを書いてきましたが、良いことは何もないのでしょうか?最後に健康に良い影響を与える面についてもまとめてみましょう。
以下の記事は中国の50万人を対象とした10年程度にわたる前向きコホート研究(ある一定の集団の健康を将来にわたって追い続ける研究)で、香辛料入りの食品を週に6~7回食べる集団は何も食べない集団に比べて死亡リスクが14%低かったというものです。
ケアネット:唐辛子をほぼ毎日食べると死亡リスク低下/BMJ
論文は以下:
Lv et al (2015) Consumption of spicy foods and total and cause specific mortality: population based cohort study. BMJ 2015;351:h3942
50万人と非常に大規模な研究であるのが特徴です。ただし、ランダム化比較試験ではありませんので因果関係までは強く言えません。辛い食べ物を食べることと他の要因(交絡要因)との間に相関関係がある場合、死亡率の減少はその交絡要因が原因かもしれません。
例えば辛いものと一緒によく摂取される食品の影響の可能性もありますし、辛い食べ物をよく食べる人は社会経済的地位が普通の人と異なるかもしれません。そもそも体調の悪い人は辛い食べ物を控えるかもしれませんので、因果の向きが逆の可能性もあります(辛いものを食べる人は死なないのではなく、死にそうな人は辛いものを食べないということ)。
また、調査の開始時点での香辛料の摂取頻度をアンケートで聞いただけで、その後の健康調査期間にどの程度辛いものを食べたかを調査したわけではありません。また、聞いたのは摂取頻度(週に何回か?)であって、その量はわかりません。なので、どのくらい食べると良い影響があるのか?ということまでは言えません。
上記で、辛いものを食べ過ぎると胃がんリスクが上昇することを書きましたが、やはり多少食べることは良い影響があっても食べ過ぎれば悪影響が出ます。この研究だけでは量の議論ができないのでさらなる知見が求められます。
まとめ:激辛食品は健康に良いのか悪いのか?
激辛食品は短期的な胃腸が焼けるような症状の他に、長期的に胃がんの発症率を上昇させる可能性もあります。辛さを表現する単位として「スコヴィル値」を使いますが、健康影響はスコヴィル値ではなくカプサイシン量で評価されているのであまり役に立ちません。また、辛い食品を少量・高頻度で食べると死亡率が低くなる「かも」しれません。
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