性犯罪の再犯リスク:日本版DBSによって教育現場での性犯罪リスクはどれくらい下がるのか?

arrest 身近なリスク

要約

性犯罪歴のある人を教育現場から排除するための日本版DBSの検討が進んでいますが、これは性犯罪者は再犯することを前提としたシステムです。性犯罪の再犯率について実際のデータを整理し、それと一般の人がイメージしている性犯罪の再犯率が大きく異なっていることを示します。

本文:性犯罪の再犯リスク

イギリスにならった性犯罪歴を確認する制度「DBS(Disclosure and Barring Service)」が日本でも導入されようとしています。

読売新聞オンライン:性犯罪歴の照会期間は禁錮以上の刑を終えて20年、罰金以下は10年…「日本版DBS」骨子案

性犯罪照会「日本版DBS」案判明 - Yahoo!ニュース
子どもと接する職場で働く人に性犯罪歴がないかを確認する新制度「日本版DBS」の創設に向け、こども家庭庁がまとめた法案の骨子案が20日、判明した。性犯罪歴を照会できる期間について、禁錮以上の刑を終え

子どもと接する職場で働く人に性犯罪歴がないかを確認する新制度「日本版DBS」の創設に向け、こども家庭庁がまとめた法案の骨子案が20日、判明した。性犯罪歴を照会できる期間について、禁錮以上の刑を終えてから「20年」、罰金以下は「10年」とする。

ということで性犯罪の前科がある、もしくは痴漢や盗撮などの条例違反がある人は教育現場から排除されることが期待されています。

これで安心!教育現場から性犯罪がなくなるわね!

この制度にどのくらいの効果があるのかは冷静に考えなければいけません。このニュース記事についているコメントのトップ(元特捜部主任検事の前田恒彦氏による)には以下のように注意点が書かれています。

(1)そもそも大半の事件が性犯罪の検挙歴のない教師らによるもので、DBSに情報が掲載されていないから、彼らの犯行は防げない
(2)性犯罪で逮捕や書類送検されたものの、示談成立による起訴猶予などを理由として「不起訴」で終わったケースは対象外
(3)少年時代の事件で成人同様の処罰を受けず、「非行」に当たるとして少年法に基づいて保護観察などの「保護処分」で済んだケースは対象外

DBSはあくまで過去の性犯罪歴を調べるだけであり、再犯は防ぐことができるかもしれませんが初犯は防ぐことができません。この前提として性犯罪者は皆繰り返し性犯罪を犯すに違いない、という強いイメージがあるのではないでしょうか?

本記事では性犯罪の再犯リスクを取り上げます。ます性犯罪の動向や再犯率についてのデータを整理してみます。次にその実際の再犯率と一般の人がイメージしている性犯罪の再犯率が大きく異なっていることを示します。最後にそのような事実とイメージのギャップがなぜ生まれてくるのかについて考察してみましょう。

性犯罪の再犯率

性犯罪の再犯率についてのデータは以下の文献に詳しく書かれています。

法務省 (2016) 法務総合研究所研究部報告55 性犯罪に関する総合的研究

https://www.moj.go.jp/housouken/housouken03_00084.html

まず「第2章 性犯罪の動向」から性犯罪の動向を見ていくと、強姦(->強制性交->不同意性交と順に名称が変化している)については昭和30年代をピークに減少傾向にあり、ピーク時の1/6くらいまで減っています。

強制わいせつは昭和40年代から減少傾向にありましたが、平成元年あたりを底に増加に転じ、平成15年をピークにまた減ってきました。痴漢や盗撮などの迷惑防止条例違反は若干ですが減少傾向にあります。

第2章の「第6節 再犯・再非行(p52~)」では同じ罪による再犯率が掲載されています。ここでは検挙歴がある者(逮捕・書類送検された者で有罪とは限らない)、前科歴がある者(有罪判決を受けた者)、入所歴がある者(有罪でかつ執行猶予がつかずに刑務所に入った者)を区別する必要があります。検挙のみではDBSには登録されず、前科歴・入所歴があるとDBSに登録されます。

性犯罪で検挙された人のうち、前科歴のある者の割合は強姦で32.6%、強制わいせつで31.3%でした。これを見ると非常に再犯率が高いように見えます。ただし、この前科歴は道路交通法違反以外のすべての前科歴を含んでおり、性犯罪の前科とは限りません。

以下の図のように、強姦で検挙された者のうち同じ強姦の前科歴がある者の割合は6.8%であり、同様に強制わいせつで検挙された者のうち同じ強制わいせつの前科歴がある者の割合は8.1%でした。こちらの数字を見ると、性犯罪としてはほとんどが初犯であり、同じ罪での再犯率はそれほど高くないことがわかります。ちなみに性犯罪に限らず一般刑法犯全体では同じ罪での再犯率は15.4%とのことで、性犯罪はこれよりも低くなっています。

recidivism
https://www.moj.go.jp/content/001178520.pdf p53

さらに、第4章の「第4節 性犯罪者の再犯の実態と再犯要因(p119~)」ではさらに詳細な解析が行われています。性犯罪で有罪判決を受けた1526人を5年間追跡調査して、再犯者の傾向を探った研究が報告されています。

この期間での性犯罪の再犯者の割合は13.6%でした。強姦や強制わいせつに加えて迷惑防止条例違反(痴漢や盗撮など)も加えているため先ほどの数字よりも高くなっています。特に痴漢や盗撮などは再犯率が高いようです。

性犯罪の再犯者はどのような傾向を持つのかというリスク分析を行った結果、
執行猶予者の場合は
・初回犯行時29歳以下
・犯行時独身
・性犯罪の前科歴あり
・被害者とは面識がない
という場合に再犯率が統計的有意に高いことが示されました。

さらに入所者の場合は
・犯行時無職
・犯行時独身
・性犯罪の前科歴あり
・被害者とは面識なし
という場合に再犯率が統計的有意に高いことが示されました。

また、性犯罪再犯防止指導に加えて保護観察所における性犯罪者処遇プログラムの両方を受講すると再犯率は統計的有意に低くなることも示されました。

性犯罪の再犯率の認知

性犯罪の再犯率についてのデータを示しましたが、以下の文献を参考にして一般の人がイメージしている性犯罪の再犯率について示します。

高橋哲 (2023) 女子大学生の再犯リスク認知に関する検討. リスク学研究, 32, 155-164
https://doi.org/10.11447/jjra.SRA-0405

この研究では窃盗、覚醒剤取締法違反、傷害または暴行、強制性交等または強制わいせつ、殺人、詐欺、強盗、放火の8つの罪状について女子大学生に再入所率を尋ねた結果を示しています。
(上記で示した前科歴がある者の割合とは異なりますが、8つの罪状についてデータが得られるのが再入所率のみであると書かれています。さらにここでの再入所率は同一の罪での再入所ではなく、何らかの罪による再入所を指しています)

性犯罪(強制性交等または強制わいせつ)については、大学生が推定する再入所率は平均43%で、実際には17%であるのと比べて26%の過大推定となりました。一般の大学生が正確に推定できないのは当たり前なのですが、特筆すべきは8つの罪状のうち10%以上過大に推定したのが性犯罪だけあった、という結果です。

覚醒剤取締法違反は9%の過大推定で、性犯罪を除く他の6つの罪状は誤差プラスマイナス5%程度でわりと正確に推定できていたのです。その中で性犯罪のみ26%も過大推定であるということは、性犯罪に限って再犯率が実際よりもイメージが大きく上回っている、ということです。

よって、性犯罪についてはDBS導入のような「再犯防止策」は世間の支持が高いため進めやすいのですが、実際には再犯率がそもそも低いためDBS導入のリスク低減効果はイメージよりも高くないことがわかります。

性犯罪の再犯率についてのギャップの要因

次に、性犯罪の再犯率について、実際とイメージのギャップがなぜ生まれてくるのかについて考察してみましょう。人が考えるリスクの大きさ(リスク認知)と実際のデータに基づくリスクの間のギャップは心理学的な研究が多数行われています。

まず、リスク認知については女子大学生を対象としていること(性犯罪の被害者はほとんどが10-20代の女性であり、女子大学生はまさにその中に入ること)があります。自分が狙われるかもしれないという不安は男性や他の年代の女性に比べて高くなるでしょう。その不安が再犯率を高く見積もることに影響する可能性があります。

次に、リスク認知の古典的な解釈として、恐ろしさ因子と未知性因子の二つが重要であるとされています。この二つの因子を満たすものについてリスク認知が高くなります(本ブログの以下の過去記事で解説)。性犯罪はなぜそんなことするのかという未知性も高いし、恐ろしさも高くなるでしょう。

なぜコロナの死者数は増えているのに世間での関心は下がり続けるのか?
コロナの死者数はオミクロン株になってから増加していますが、反対にコロナへの世間の関心度は低下しています。世間の関心の低下度をソーシャルリスニングの手法を用いて示し、ニュースで取り上げられなくなった理由などを解説し、最後にリスク心理学的な考察を試みます。

さらに、記憶に残っているものほど頻度や確率を高く見積もりやすい、という利用可能性ヒューリスティックの影響も考えられます。性犯罪の逮捕歴があることを隠して別の県の教員となり、再び性犯罪で逮捕された事件は非常にインパクトの大きなニュースとなりました。

勤務先の女子小学生に強制わいせつの疑い 臨時講師が5回目の逮捕
勤務先の小学校の女子児童にわいせつな行為をしたとして、愛知県警は8月7日、臨時講師大田智広(としひろ)容疑者(30)を強制わいせつの疑いで逮捕し、発表した。

このようなニュースに触れることで性犯罪者は再犯するという直感が強化され、「イメージが思い浮かびやすいかどうか(利用しやすさ)」で判断することで実際のリスクよりも高く感じるようになります。これも本ブログの過去記事で解説しています。

新型コロナウイルス感染症以外のリスクを忘れてしまうと起こる問題って何?
ツイッター等のsnsでリスクに関する市民の意識を調査を行っていると、現在は「リスク=コロナウイルス」に大きく偏ってしまっていることがわかります。このような状態になると災害や事故などほかのリスクへの備えがうすれてしまい、本来抑えらえた被害が拡大するという問題がおきる可能性があります。

ということで、日本版DBSはやらないよりはやるほうがよいのですが、その効果は多くの人が期待しているほどではないでしょう。

性犯罪を防ぐ効果というよりは犯罪者をより強く処罰したいという感情を満たすこと、刑事罰に加えて社会的に抹殺すること、が目的となっていると考えればよいのでしょうか。ただし、あまりに処罰を厳しくして社会的に抹殺すると、自暴自棄の「無敵の人」を作り出すシステムとなってしまい、より凶悪な犯罪へ導くリスクもあります。

以下の資料を読むと、再犯防止に必要なのは社会復帰の支援であり、社会からの排除ではないことがわかります。日本版DBSを整備したことで「ちゃんと対策やってます」というアリバイ作りに満足しないよう注意すべきでしょう。

法務省 (2023) 性犯罪の再犯防止に向けた地域ガイドライン~再犯防止プログラムの活用~
https://www.moj.go.jp/content/001393832.pdf

まとめ:性犯罪の再犯リスク

性犯罪歴のある人を教育現場から排除するための日本版DBSの検討が進んでいますが、この制度では再犯を防ぐことはできても初犯を防ぐことができません。実際には性犯罪の再犯率は低く、一方で一般の人がイメージする再犯率は高く、このギャップにより効果が過大評価されてしまっています。

コメント

  1. 梅田彬晴 より:

    犯罪歴がなくても子どもからの訴えなどで「性加害の恐れがある」と判断された人について雇用主に配置転換などの安全措置を義務付ける。
    性犯罪歴なくても配置転換 日本版DBS、雇用主に安全義務

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