• 研究内容や成果の紹介

    農薬取締法に基づく「水域の生活環境動植物の被害防止に係る農薬登録基準について(以下、登録基準)」の適用の下、令和2年度より新たなリスク評価に基づいた基準値の設定がこれから進められます)。今後の登録基準において、毒性に係る基準値は魚類(コイ等)、甲殻類等(オオミジンコやユスリカ幼虫等)、藻類等(緑藻ムレミカヅキモや水草コウキクサ等)の急性毒性試験結果から得られたLC50(半数致死濃度)値もしくはEC50(半数影響濃度)値を、それぞれの種間の感受性差に関する不確実係数(基本10、追加試験生物種の試験により下がるオプションがある)で除したものの最小値と設定されます。

    環境省:水域の生活環境動植物の被害防止に係る農薬登録基準
    http://www.env.go.jp/water/sui-kaitei/kijun.html

    現行の農薬登録基準に係る生態リスク評価のスキームは、リスク有りもしくはリスク無しの二者択一的な結論を導くものになっています。この手法ではリスク同士を比較することができないため、「農薬の使用量を減らす」、「より安全な農薬に切り替える」、「農薬の流出対策をとる」、などのリスク低減策をとった場合にリスクがどの程度減るのかを評価できません。効率的な農薬のリスク管理のためにはリスクを定量的な指標で表し、リスク低減対策の費用対効果の評価や優先順位付けを行うことが求められます。

    リスクを定量的に表現するには確率論的リスク評価を行うのが有効です。これは、毒性や曝露などの様々な不確実性を確率的に表現し、環境中濃度が生物の毒性値を超過する確率はどのくらいかを定量的に評価する方法です。確率論的リスク評価を行う際にキーとなる概念となる種の感受性分布(Species Sensitivity Distribution,SSD)を用いた生態リスク評価手法の開発を行っています。

    最終的に、種の感受性分布と環境中予測濃度の空間的変動を統合することで生態リスクを定量化し、さらに複合毒性を予測するツールと組み合わせることで、複数農薬の生態リスクを統合した累積リスクの全国分布を評価する手法を開発することがゴールになります。

    種の感受性分布

    河川や湖沼などの水圏生態系には多種多様な生物が生息していますが、農薬の毒性は対象となる生物種によって極端に異なることが知られています。ところが、水圏生態系に生息するすべての種に対する毒性試験を行うことは現実的には不可能です。その一方で、多数の生物種の化学物質に対する感受性は対数正規分布に適合することが経験的に知られていて、累積確率分布として表現できます。このような生物種間の感受性差を統計学的に表現したものがSSDです。そしてSSDの曲線は、農薬の濃度が上昇するにつれて影響を受ける生物種の割合が高くなっていくという関係を表現しています。これを用いて環境中の農薬の濃度から「影響を受ける種の割合」を計算してこれをリスク指標とする活用法と、95%の種を保護する濃度(言い換えれば5%の種が影響を受ける濃度)を推定してリスク管理の目標値とする活用法があります。

    これまでに様々なケーススタディーを行ったり、SSDのマニュアル・計算ツール等を公開したりしています。

    解説:
    農薬の生態リスク評価のための種の感受性分布解析
    ニュース農業と環境, 113, 7-8

    日本環境毒性学会 環境毒性リレーセミナー
    種の感受性分布にまつわるあれこれ:永井さんと加茂さんに聞いてみよう
    開催日時:2021-11-09 14時~16時

    ツール・マニュアル:
    農薬の生態リスク評価のための種の感受性分布解析 Ver. 1.0
    国立研究開発法人農業環境技術研究所

    論文:
    Nagai T, Yachi S, Inao K (2022)
    Temporal and regional variability of cumulative ecological risks of pesticides in Japanese river waters for 1990-2010
    Journal of Pesticide Science, 47(1), 22-29

    Nagai T (2021)
    Ecological effect assessment by species sensitivity distribution for 38 pesticides with various modes of action.
    Journal of Pesticide Science, 46(4), 366-372

    Nagai T (2016)
    Ecological effect assessment by species sensitivity distribution for 68 pesticides used in Japanese paddy fields
    Journal of Pesticide Science, 41(1), 6-14

    永井孝志 (2016)
    除草剤の作用機作と水生一次生産者の感受性種間差の関係
    環境毒性学会誌, 19(2), 83-91

    Nagai T, Taya K (2015)
    Estimation of herbicide species sensitivity distribution using single-species toxicity data and information on the mode of action
    Environmental Toxicology and Chemistry, 34(3), 677-684

    Nagai T, Yokoyama A (2012)
    Comparison of ecological risks of insecticides for nursery-box application using species sensitivity distribution
    Journal of Pesticide Science, 37(3), 233-239

    永井孝志、稲生圭哉、横山淳史、岩船敬、堀尾剛 (2011)
    11種の水稲用除草剤の確率論的生態リスク評価
    日本リスク研究学会誌, 20(4), 279-291

    永井孝志、稲生圭哉、堀尾剛 (2008)
    不確実性を考慮した農薬の確率論的生態リスク評価:水稲用除草剤シメトリンのケーススタディー
    日本農薬学会誌, 33(4), 393-402

    維管束植物の感受性差を把握するための5種同時発芽生長試験法の開発

    SSDの解析を行うにはある一定数以上の毒性データが揃っている必要があります。除草剤に影響を受けやすい水草等維管束植物の毒性データを効率的に把握するための試験法です。

    解説:
    除草剤に対する維管束植物の感受性差を把握するための5種同時発芽生長試験法
    農研機構2019年度研究成果情報

    論文:
    上田紘司、永井孝志 (2023)
    5種同時発芽生長試験法を用いた6種の水稲用除草剤に対する維管束植物の感受性比較
    環境毒性学会誌, 26, 8-14

    Ueda K, Nagai T (2021)
    Relative sensitivity of duckweed Lemna minor and six algae to seven herbicides. Journal of Pesticide Science, 46(3), 267-273

    上田紘司、永井孝志 (2019)
    維管束植物の感受性差を把握するための5種同時発芽生長試験法の開発
    環境毒性学会誌, 21(2), 21-32

    殺菌剤の生態影響評価のための水生菌類を用いた新たな毒性試験法の開発

    SSDの解析を行うにはある一定数以上の毒性データが揃っている必要があります。殺菌剤に影響を受けやすい水生菌類の毒性データを効率的に把握するための試験法です

    解説:
    殺菌剤の生態影響評価のための水生菌類を用いた新たな毒性試験法
    農研機構2018年度研究成果情報

    論文:
    Nagai T (2018)
    A novel, efficient, and ecologically relevant bioassay method using aquatic fungi and fungal‐like organism for fungicide ecological effect assessment
    Environmental Toxicology and Chemistry, 37(7), 1980-1989

    Nagai T (2020)
    Sensitivity differences among five species of aquatic fungi and fungus-like organisms for seven fungicides with various modes of action
    Journal of Pesticide Science, 45(4), 223-229

    河川付着藻類を用いた農薬の毒性試験法の開発

    SSDの解析を行うにはある一定数以上の毒性データが揃っている必要があります。除草剤に影響を受けやすい河川付着藻類の毒性データを効率的に把握するための試験法です。これまでに試験法のマニュアルを公開しています。

    解説:
    農環研ニュース, 103, 8-9

    マニュアル:
    河川付着藻類を用いた農薬の毒性試験マニュアル Ver. 1.0
    独立行政法人農業環境技術研究所

    論文:
    Nagai T (2019)
    Sensitivity differences among seven algal species to 12 herbicides with various modes of action
    Journal of Pesticide Science, 44(4), 225-232

    Nagai T, Taya K, Yoda I (2016)
    Comparative toxicity of 20 herbicides to 5 periphytic algae and the relationship with mode of action
    Environmental Toxicology and Chemistry, 35(2), 368-375

    Nagai T, Taya K, Annoh H, Ishihara S (2013)
    Application of a fluorometric microplate algal toxicity assays for riverine periphytic algal species
    Ecotoxicology and Environmental Safety, 94, 37-44

    複数農薬の累積的生態リスク評価ツール:NIAES-CERAPの開発

    河川水中の生物は多種類の化学物質に同時に曝露を受けます。多数の化学物質による複合影響を評価する手法の開発を行っています。これまでに、農薬濃度を入力することで複合影響を計算するエクセルベースのツールを公開しています。

    解説:
    農研機構2017年度普及成果情報

    ツール・マニュアル:
    複数農薬の累積的生態リスク評価ツール NIAES-CERAP

    論文:
    永井孝志 (2024)
    複数農薬による複合毒性を考慮した累積的生態リスク評価
    環境毒性学会誌, 27(S1), S26-S36

    Nagai T (2017)
    Predicting herbicide mixture effects on multiple algal species using mixture toxicity models
    Environmental Toxicology and Chemistry, 36(10), 2624-2630

    曝露評価

    生態リスク評価における曝露評価では農薬の河川水中濃度を予測します。登録基準における環境中予測濃度の算定法をベースとして、農薬の普及率や農地面積、河川流量などの入力パラメータの地域特異性をデータベース化し、全国350地点環境中濃度を予測して全国的な空間的変動を示す手法を開発しました。

    論文:
    谷地俊二、永井孝志、稲生圭哉 (2017)
    全国350の流量観測地点を対象とした水田使用農薬の河川水中予測濃度の地域特異性の解析
    日本農薬学会誌, 42(1), 1-9

    谷地俊二、永井孝志、稲生圭哉 (2016)
    水田使用農薬の県別用途別使用量の簡便な推定方法の開発
    日本農薬学会誌, 41(1), 1-10

    岩崎亘典、稲生圭哉、永井孝志 (2016)
    河川上流側の水稲作付面積率の算定手法の開発-国土数値情報と農林水産統計情報に基づく解析-
    GIS -理論と応用-, 24(1), 31-38