これまでに農薬による生態リスクを定量化するための研究として、種の感受性分布を用いた生態影響評価、複合毒性モデルを用いた累積リスクの評価、地域特異性を考慮した農薬の曝露評価を行ってきました(以下のページ参照)。
https://nagaitakashi.net/research/pesticide-ecological-risk-assessment/
上記の生態リスク評価では「影響を受ける種の割合」が定量的なリスク指標となります。一方で、例えば「影響を受ける種の割合が10%であった」という計算がなされた場合に実際の野外生態系で何が起こるのか?といった生態学的な意味付けは重要な課題です。
河川などの実際の野外環境の調査を行うことで化学物質の影響を調べる生態疫学的な研究はこれまで多数行われてきましたが、野外環境では地形や気象、流水などの物理要因、農薬以外の化学物質や水質などの化学要因、他の生物との相互関係などの生物要因など、多種多様な要因による影響を同時に受けています。このようなマルチストレス環境であることに加えて対照区の設定が難しいこともあり、農薬の生態影響を抽出することは困難でした。
ところが、野外生物調査から農薬の影響を検出するためのSPEAR (SPEcies At Risk)という河川生物指標が開発されるなど、近年の評価手法は大きく発展しています。SPEARは全体の個体数に対して、農薬によるリスクを受けやすい種の個体数の割合を指標とします。これらの値と、農薬をはじめ様々な要因をパラメータとして重回帰分析的な解析を行ったり、序列化手法を用いたりして目的とする要因の影響を評価できます。
このような解析のためには多地点の野外調査の結果が必要となりますが、これは容易なことではありません。そこで、環境DNAメタバーコーディング技術を用いた生物多様性ビッグデータの活用を試みています。
非汚染地点の河川から採取した付着藻類群集(除草剤の影響を受けやすい)を用いて、除草剤に曝露させて培養を行う室内マイクロコスム試験を行ったところ、珪藻種の感受性の順序は除草剤の種類によらずある程度一致しており、珪藻を用いて除草剤の影響を検出するための生物指標であるSPEARherbicidesは除草剤の種類を問わずに適用できることを示しました。
また、農薬の汚染状況が異なる複数の河川における付着藻類の調査結果からSPEARherbicidesを計算し、各調査地点の累積リスクを算出して比較したところ、SPEARherbicidesと影響を受ける種の割合は統計的有意な相関関係があり、除草剤の影響評価に有効であることを示しました。
論文: