永井孝志(2021)新型コロナウイルス対策における線引き問題~レギュラトリーサイエンスの視点から~. リスク学研究, 30(3), 147-153
https://doi.org/10.11447/jjra.SRA-0350
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安全か危険かの線引き問題は非常に悩ましい問題であると同時にリスク学の醍醐味でもあります。本来科学は線引きの道具ではありませんが、科学が応用できる場面はたくさんあります。これまでもいろいろな線引きの根拠を探って、その集大成が「基準値のからくり」という本として出版されています。
https://www.amazon.co.jp/dp/4062578689/
この論文はCOVID-19対策における線引きの根拠に焦点をあてたものです。以下の4つの事例を対象としました:フィジカルディスタンス(ソーシャルディスタンス)の距離「1~2 m」、発熱後の職場復帰の目安「発症8日後」、相談・受診の目安「37.5℃以上の熱が4日間続く」、都道府県毎に設定された自粛緩和基準。これらすべてが科学的ファクトを基にきっちりと線引きできるものではなく、実際にどのようなプロセスを経て線引きがなされたかを調べて整理しました。
また、この論文はレギュラトリーサイエンス入門ともいえる内容になっています。COVID-19対策のようなエマージングリスクの対策においては、限られた時間の中で十分な科学的知見のない状態で対策の意思決定を行う必要があります。そこで、レギュラトリーサイエンスの視点が重要になります。2020年6月24日の新型コロナウイルス感染症対策専門家会議の会見において、尾身茂氏は専門家会議の政治からの独立性について「コロナウイルス対策は純粋な科学ではない」と発言しました。ただし医学の分野においてレギュラトリーサイエンスという用語は、医薬品・医療機器の効果や安全性を確認する分野での使用に限定されており、純粋科学と政策の間を埋めるという文脈で使用されることはあまりありません。ところが、この論文で取り上げたような事例はまさにリスク学文脈でのレギュラトリーサイエンスと同様の話になっています。